傀儡の呪具
夜明けを待って、水月とフィレイはラルグラードへ向かった。
「やっぱり大市の時期だけあって、人が多いわね。宿が取れて良かった」
「アルフ、見つかるかな……?」
「見つかるわよ」
水月はきっぱりと答えた。
昼近くなり、二人は傍の屋台で昼食代わりの細長い揚げパンを買った。
広場で食べようと向かう途中、水月はうっかり前から来た男とぶつかってしまった。
「すみません」
男は黙ったまま去って行った。ほんの一瞬、男の右腕にごつい赤い腕輪がはまっているのが見えた。
(あれは、ひょっとして――)
「どうしたの?」
「え? あ、何でもない」
広場でパンを食べながら、水月は辺りにいる人間を観察していた。やがて彼女は、広場にいる人間のうち数人が、赤い腕輪をはめているのに気が付いた。そして腕輪をはめている人間は皆、人形のような生気のない顔をしていた。
突然、フィレイが水月の肩を叩き、ある方向を指さした。その方に目をやると、アルフが無表情で歩いていた。腕を見ると、やはり赤い腕輪がはまっている。
水月はアルフの傍まで行くと、ぽん、と肩を叩いた。しかし、アルフは何の反応も見せない。
水月はアルフの腕をつかんで引き寄せざま、軽く当て身を食らわせた。アルフはがっくりとその場にくずおれた。
水月は、フィレイと二人でアルフを宿まで運び、部屋のベッドに寝かせた。そして彼女はアルフの右腕にはまっている腕輪をじっくりと観察した。
腕輪はただ赤く塗ってあるだけでなく、さらに濃い赤の塗料で文字が書かれている。一文字ずつ読み取るうちに、水月は背筋が寒くなった。
(傀儡の呪具……)
「どうしたの?」
「フィレイ、悪いけど塩水と強いお酒をもらってきて頂戴」
訳が分からず戸惑うフィレイだったが、それでも頼んだものをもらいに行った。残った水月は腕輪を見て顔をしかめた。
傀儡の呪具。人間を自我を持たない人形にする呪具。
やがてフィレイが塩水と酒を持ってくると、水月は札を一枚取り出し、酒に浸した。そして塩水をアルフの腕にはめられた腕輪に少しずつたらしていった。
たらすたびに、ピシ、パシ、と木が裂けるような音がする。音がしなくなるまで塩水をかけた後、酒に浸していた札――<破壊札>――をひびだらけの腕輪に貼り、手を打ち合わせた。
バシッ、と一際大きな音と共に、腕輪が砕けた。砕けた腕輪を外すと、アルフは小さくうめき声を上げながら目を開けた。
「…………なんで部屋の中にいるんだ?」
水月が口を開きかけたとき、後ろでドアの開く音がした。入って来たのは、樽に頭と手足がついたような中年男と、茶髪に近い金髪の三十代くらいの男だった。
「何か用?」
水月の言葉を聞いた途端に中年男の顔が真っ赤になった。
「誰に対して口を聞いている、この小娘! 私がテナル・センドルと知っているのか! お前のような――」
「人の連れをさらって呪具付けて、人形にする人を敬えと? 冗談も休み休み言って頂戴」
テナルの顔がさらに赤くなった。怒りでぶるぶると震えている。
「何の価値もない小娘が――」
「それ以上言うと、あなたは取引相手としてふさわしくないと父に伝えますよ」
鋭い声で言い放ったのはフィレイだった。テナルはフィレイをどんぐり眼で睨み付けた。フィレイも睨み返した。
「市の時期は人手が足りん。流れ者を使って何が悪い。むしろ使われたことに感謝すべきだ。おい、トレヴァー、さっさとそこのやつを連れて来い」
トレヴァーと呼ばれた男はうなずき、アルフと目を合わせた。
「来るんだ」
低い声で呼びかけられ、アルフはふらふらと立ち上がり、トレヴァーの元へと歩いて行った。
アルフを連れ戻そうと水月が一歩踏み出したとき、トレヴァーが右手を振った。普通に考えれば、そんなことで何かが起きるはずはない。しかし、水月の身体は勢いよく壁に叩きつけられた。
「水月!」
駆け寄ろうとしたフィレイも床に転がった。
水月が何か言う前に、トレヴァーが彼女の目を見据えた。緑の瞳がひしひしと圧力をかけてくる。
「トレヴァー、ソリス家のお嬢様はやめておけ。後が面倒だ。おい、そっちの小娘」
水月は目だけを動かしてテナルを見た。身体は壁に叩きつけられたまま、指一本動かせない。話すことすら出来ない。
「こいつを返して欲しいんなら、明日私の家に来い。トレヴァーと戦って、勝ったらこいつを返してやる」
「分かった」
水月の口が開き、勝手に言葉が出た。テナルはにやりと笑い、三人は立ち去った。
「大丈夫?」
「何とか。でも、厄介なことになったわね。こうなったら、是が非でも勝たないと」
そう言って笑顔を作ったものの、水月の内心は暗かった。
夜も遅くなり、夕食もとっくに終えた水月は部屋で考え込んでいた。トレヴァーに勝つにはどうすればいいのか。
壁に叩きつけられたとき、トレヴァーは水月に触れていなかった。しかし彼が手を振ったとき、水月は横から何か大きなものがぶつかってきたように感じた。その上、トレヴァーの瞳には、独特の強制力があった。一旦彼の目を見てしまったら、目をそらすことは難しい。
ここまで考えた水月の口の端に、かすかに笑みが浮かんだ。
(見てはいけないなら、見なければいい)




