第二章④ マクシム
その頃、マクシム隊の宿舎。マクシムの執務室の扉が叩かれ、ジョルジュが応答も待たずに扉を開ける。
「失礼しまーす。お届け物ですよ」
ジョルジュがニヤニヤしながら入ってくると、マクシムは書類から顔を上げた。
「……手紙? どなたからですか」
ジョルジュは肩をすくめる。
「日頃から隊長を応援している方ですって?」
「応援??」
マクシムは思わず怪訝な顔をするも、ジョルジュは意味深に笑って封筒を執務机の上に置いて踵を返した。
「じゃ、失礼しましたー」
ジョルジュが軽い足取りで出ていって扉がバタンと閉まると、執務室内に静寂が落ちた。
「……やれやれ」
マクシムは息を吐くと封筒を手に取った。封蝋が無い、開いている。どうやら、手紙の主は封蝋を用意できるご身分じゃないらしい。マクシムは思わず微笑むと封筒に手を入れて中身の紙を開くなり目を丸くした。
——近日中に指定の場所へ来い。場所は……。
以降、住所だけが綴られている。マクシムの頭上に見えない疑問符がいくつも浮かんでいた。
「……差出人の名前は、ない。宛名は、おれとソフィーを指定か」
意味の取りづらい内容だったが、マクシムはすぐに結論を出そうとはしなかった。彼は手紙を机に置き、その上に軽く指先を添えてしばし考え込んでいると扉がノックされた。
「どうぞ」
マクシムが穏やかな声で応じると、扉が開いてソフィーが入ってきた。
「お疲れ様。大変でしたね」
マクシムが顔を上げていつも通りの調子で言うと、ソフィーは目をパチクリさせた。
——んん、なんか気に障ってしまったか。
「ん? どうかしましたか」
マクシムが首を傾げて問いかけるも、ソフィーは少し間を置いてから口を開いた。
「……いえ、報告にあがりました」
——うーん、今の間が気になるなあ。普段通りに振る舞ってるはずだけど……変な顔してたかな。
それより、ソフィーの報告は簡潔かつ正確だった。副司令官からの許可、部隊への謝意、彼女は続けて本題に入る。
「フェルナンドとベルリオーズが倒れた件ですが、原因は毒物であることが判明しました。“二段毒”という手口が使われていました」
マクシムは頷き、手元の紙に要点を書き留めていった。「二段毒」という言葉を聞いた瞬間、ペン先が一瞬止まるも再び動く。
「配膳された食事に毒が混入していた疑いがありますが、該当人物は現在も行方不明です。荒治療により一命は取り留めていますが、エドガー・ロジャースの指示によるものではない可能性があります」
説明の間、ソフィーは一度も言葉に詰まらなかったが、視線がわずかに定まっていない。
「現時点で判明しているのは以上です」
マクシムはペン先を滑るように払うと顔を上げた。
「わかりました。報告ありがとうございます。君の迅速な対応には感謝していますよ」
ソフィーがこくりと頷いた。二人の間に沈黙が落ちる。室内は静かで、外の音もここまでは届かない。その静けさの中で、ソフィーの呼吸だけがわずかに乱れ、マクシムが机に肘をついて指を組むと声を漏らした。
「今回の件は、単なる毒殺未遂以上の意味があるように思える」
ソフィーが一歩前に出るが、足取りが重そうに見えた。
「隊長は、この状況をどうご覧になっていますか」
「まずは情報の整理と、内部の警戒強化が必要でしょう。焦って動くべきではありません」
マクシムはソフィーと視線が合うが、彼女の焦点がどこか噛み合っていない。
——なんだろう、何か気になる物でもあったかな。
マクシムは机の上に視線を落とすと、あの手紙が机の隅に追いやられていたのが目に入った。マクシムは「ああ」と声を漏らすと手紙に手を伸ばした。
「そういえば、僕からも話があってこの……」
その時、重いものが崩れたような音が床に響いてマクシムはびくりと顔を上げると、ソフィーの姿がなかった。
「……ソフィー?」
マクシムの椅子を引く音が遅れて鳴り、彼はすぐに立ち上がると倒れた彼女のもとへ向かった。床に伏した身体は動いているが、意識はない。呼びかけても応答は返らない。
「誰か、来てくれ!」
マクシムの声が扉の外へ飛び、すぐに足音が近づく。扉が開き、隊員たちがなだれ込んできた。
「脈が乱れています!」
リラが声を上げ、ダヴィットがソフィーを抱き上げる。
「医務室へ!」
短い指示が飛び、動きが揃う。ソフィーはすぐに運び出された。足音が遠ざかって扉が閉まり、室内に再び静けさが戻る。
「隊長? 悍ましい顔をしてますよ。どうかしたのですか?」
シャルルが彼の顔を覗き込んできた。マクシムは険しい顔を浮かべて暫く返事をしなかったが、やがて低い声で切り出す。
「さっき、ソフィーと二人で毒物の話をしていたんだ。フェルナンドとベルリオーズが倒れた原因は、毒を盛られたことだった」
「なんですと!? 最悪だ……しかし、最悪の場合も想定しなければならない」
「なんとしてでも救え。彼女の身に何かあったら、僕は……」
——また失うことになる。
マクシムの鬼気迫る表情にシャルルは一瞬たじろいだが、すぐに冷静さを取り戻して口調を穏やかに変えた。
「隊長、まずは医師の判断に任せましょう。ブレスト内の医務局に赴き、すぐに医者を連れてきます」
「刻は一刻も争うんだ」
マクシムは少しずつ息を整えながらも焦燥を隠さなかった。シャルルは腕を組み、強い口調で諭す。
「落ち着いてください。グウェナエルに行かせましょう。あいつは乗馬も得意ですし、迅速に動けます」
マクシムはシャルルの言葉に頷き、鋭い目で彼を見返した。
机上には差出人のない手紙が少しだけ揺れている。




