第十章① Montage
ブレスト港、くたびれたように海が黙っている。ダミアンは桟橋の端に立って鏡のように光っている水面に目を向けていた。ブレスト城では遠くで火が走るような気配が見受けられる。何が起きているのか分からないが、止まっていないことだけは分かる。ヤンが宿舎へ入ってからどれほど経ったのか、時間の感覚が曖昧になっていた。もうすぐ夜明けかもしれない。空の端が薄くなり始めている時、遠くで人の声と馬の蹄鉄が石を打つ音が宿舎の方角から聞こえた。ダミアンは振り向きかけたが、すぐに視線を戻した。やがて水面に影が差し、一隻の帆船が闇から姿を現した。ダミアンは何度も手を振る。帆船の船尾、操舵輪をニコラの握る手が震えて肩が上下している。彼の隣でティエンが同じように踏ん張って体重をかけ、舵を押し返す。
「あと少し……!」
甲板ではマルクが望遠鏡を覗き、桟橋で手を振るダミアンを捉えた。
「……無事か」
マルクは望遠鏡を下ろして振り返り、船員たちを一瞥する。
「接岸の準備だ。始めてくれ」
東洋の船員たちが同時に動きはじめた。ロープを解く者、係留の準備に走る者、帆をさらに絞る者が声を荒げて急かす。船が港へ滑り込んでいく背後、ブレスト城はまだ燃えていた。
ブレスト城の中庭。石畳の上に連結剣の鎖がだらりと落ち、ルソーは膝に手をついて荒い息を吐いた。肩が大きく上下し、血と汗が混ざって滴ってルソーが歯を見せるようにして笑う。
「……っ、はあ……はあ……お前ら……ちょこまかと動き回って……消耗戦に持ってくんじゃねえ! ……あとオレはそんな歳でもねえ!!」
ルソーが怒鳴るように言い切ると、マテオが肩で息をしながらぶっきらぼうに返す。
「だってよ、おっさんの武器が狡すぎるんだよ。正攻法で勝てるわけないだろが」
コリンがマテオの横で呆れたように息を吐く。
「ほんとだよ……近づけないんだもん……」
一方、石畳の別の一角。アルフォンスは地面に押さえ込まれていた。胸元に重み、喉元には冷たい刃。ニールがアルフォンスに跨って見下ろしている。アルフォンスの剣はすでに弾き飛ばされ、草地に転がっていた。アルフォンスは歯を食いしばると声を押し殺して呟く。
「……参りました」
ニールは彼の喉元からカットラスを引いて剣帯に納め、立ち上がると手を差し出し、アルフォンスを起こした。まだ状況が飲み込めないアルフォンスの顔を、ニールは軽く覗き込んで柔らかく笑う。
「これで懲りたでしょ。……少しは話、聞いてくれるよね?」
ニールはアルフォンスの肩を担ぎながら、マテオとコリンの元へ歩いていく。ルソーが海賊三人を順に見渡すと息を整えながら吐き出す。
「……ああ、もう、やめだやめ!」
「……はい?」
マテオが眉を顰め、コリンもぽかんと口を開ける。周囲の海軍員たちも動きを止め、ざわめきが広がるもルソーは構わず顎で示す。
「勘違いすんなよ。これは休戦協定だ。今は城内にいる連中を止めるのが優先、この続きは後日。今度こそ決着つけようじゃねえか」
ルソーは。周囲の兵へ振り返って声を張る。
「剣を納めろ! それと医療班はいるか、負傷者の治療に当たれ!」
即座に数人が走り出し、アルフォンスは一度海軍員に引き渡された。ニールは肩の力を抜くとマテオとコリンの隣へ歩み寄る。
「……僕ら、助かったのかな」
「分からねえ。けど、今はルカが心配だ」
マテオは首を振り、コリンも頷きかけて周囲を見渡した。捕縛された者たち、その中に見覚えのある顔。亜麻色の髪と見慣れた横顔。
「……あ、ソフィーじゃないか! ソフィー!」
コリンが目を見開いて声を弾ませながら駆け出した。
「お、おい待てって!」
「コリン、ちょっ——!」
マテオが慌てて後を追い、ニールも遅れて駆ける。三人の足音が中庭に軽く響く背後で、まだ煙の残る城が重苦しい空気を孕んで佇んでいた。




