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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】7・8巻「真相編」  作者: セキユズル
第九章「お前は、命散らすために生まれてきたんじゃないッ!!」
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第九章⑤ ルキフェル&ジャスパー、マクシム&グウェナエル

 城内の廊下は灯りが落ちていた。壁に掛けられた燭台の幾つかは既に消え、残った炎も風に揺れている。影が伸び、歪み、床を這う。暗がりを二つの影が駆け抜けた。マクシムが先頭を行き、背後から迫る気配を振り返らずに把握している。横合いから剣が伸びると半歩ずらして流し、同時に刃を走らせた。兵の剣が弾かれ、体勢が崩れると通り過ぎていく。グウェナエルがマクシムの後ろにぴたりと付く。


「左、来る」


 マクシムが一瞬だけ軌道を変えた直後、背後から振り下ろされた刃が空を切る。グウェナエルが踏み込むと柄で相手の肩口を打って意識を落とした。


「急げ」


 二人は廊下を抜け、狭い階段を駆け上がった。上からも下からも気配が来る。上段から突きが来ると、マクシムが踏み込みをずらして柄で受けて衝撃を流し、そのまま押し上げると兵がよろめいた。グウェナエルが横から兵の足を払うと階下へ落ちる音が響く。さらに上へ駆けるたび呼吸が荒くなるが、速度は落ちない。廊下に出ると兵が三人同時に来る。マクシムが踏み込んで一人目の剣を弾き、返しで柄を打ち、二人目の刃を肩で流して体を入れ替え、三人目の懐に潜った。すれ違いざまに全員の体勢が崩れる。螺旋階段が口を開け、足音が背後から増える。


「来てるぞ」

「分かっています」


 螺旋を抜けると扉があった。グウェナエルが蹴って開ると外気が流れ込む。城壁通路では夜風が強く吹き、松明が並んで炎が揺れる先、一番高い屋上が影の向こうに浮かんでいる。距離はあるが、見える。


 ——あそこだ。


 マクシムが走ってグウェナエルが続き、二人の背後から兵の波が溢れ出る。追撃が止まらない、夜の通路を二つの影が一直線に駆け抜けていく。少し遅れて、別の影たちが城内の廊下へ入った。



 ルキフェルとジャスパーが止まりそうな呼吸を無理に繋いでいる。前方から兵が来て、ルキフェルが踏み込むと柄で弾いて太極の動きで軌道を逸らし、力を流すと兵が前のめりになる。兵の背をジャスパーが叩くと落ちた。二人が暗がりに目を凝らすと、床に転がる影が増えて壁に血が散っている。遅れてきた分だけ痕跡が濃い。ルキフェルは思わず眩暈がして一瞬足が鈍った。見たくないものがそこにある。


「……くそっ」


 もっと早く来ていれば、その思考が頭を掠めるが即座に振り払う。今じゃない、まだ間に合う。二人が息も整えないまま階段へ上っていく。ジャスパーがルキフェルの横で笑う。


「顔、最悪だぞ」

「ほっとけ」


 廊下を抜け、螺旋階段を駆けていく。転がる兵崩れた足場、戦いの残骸。ルキフェルの指が震えた。遅れた現実が胸を締める。扉を抜けると夜風が二人の髪を揺らした城壁通路、その先に見える一番高い屋上。そこにいるはずだ。


「……行くぞ」


 ルキフェルが呟くとジャスパーが頷いて同時に地を蹴った。夜の通路を、追うために。



 城壁通路を抜けたマクシムとグウェナエルは再び城内へ踏み込んだ。暗い廊下、灯りは少ないが、足音は増えている。追いつかれている。マクシムは横から伸びた剣を見ずに弾くと、返り血が飛んで頬を掠め、異国の衣の胸元に斑が広がった。グウェナエルが追ってきた兵の刃を、真正面で受け止めて押し返すと踏み込んで肩をぶつけ、体勢が崩れたところを柄で打った。軍服の紺はすでに赤を吸い、袖口から肘にかけて乾き始めた血が固まりつつある。廊下の先、塔室の扉が半開きになっている。


 二人が扉を抜けると広い空間が目に入った。天井が高く、石の壁が円を描き、中央がぽっかりと開いている。すぐ背後から兵が流れ込み、横からも前からも、気づいた時には円が閉じて包囲された。マクシムが先に動いて踏み込み、最短距離で最も近い一人の懐へ向かう。剣がぶつかり、弾いて押し込むと相手の軸が崩れる。次の瞬間にはもう次へ、連続で流れを作る。グウェナエルが横から入ってくる刃を受け、押し返して間を切る。


「右、二人」


 血が跳ね、足裏が滑る。グウェナエルの呼吸が荒くなる。鎧が軋む音、金属が砕ける音と共に時間の感覚が削れていく。やがて剣の音が変わって数が減り、マクシムが息を吐く。


「階段だ」


 グウェナエルが顎で示した。塔室中央、螺旋階段の口へ向かうと二人の兵が立ち塞がる。マクシムが真正面で剣を受け、彼の背後から別の刃が来てグウェナエルが受けると、腕に衝撃が走って歯を食いしばる。マクシムが押し切ると前の兵が崩れて道が開く。


「行け」


 グウェナエルが言うとマクシムは螺旋へ入っていく。グウェナエルが最後にもう一人を叩き伏せ、息を吐くとマクシムの後を追った。——後に残るのは、音の消えた塔室。砕けた剣、歪んだ盾、転がる鎧。血が床を伝い、石の目地に染み込んでいく。まだ温かい気配だけが残り、やがて静かになる。



 城壁通路で風が抜け、石の床に荒い足音が重なる。ルキフェルとジャスパーは息を整えながら進んでいた。呼吸がまだ整いきらないが、止まる余裕はない。その時、ジャスパーが不意に振り返った。彼の視線の先、闇の奥から波が来る。兵の群れ、数が違う。


「……来たな」


 ルキフェルも足を止めて剣を抜くと迎え撃つ。先頭の兵が間合いに入り、ルキフェルが踏み込むと相手の軸を崩し、横から入った刃をジャスパーが叩き落とす。が、その間を縫うように兵たちが横をすり抜けていく。


「待て! 行くな、そっちは——」


 ルキフェルが叫ぶも兵たちは廊下の先へ駆けていった。マクシムたちを追って、残る者と抜ける者が通路で二つに割れ、その間を血と怒号が満たしていく。


「ちっ、キリがねえな」


 ジャスパーが舌打ちして次の兵を蹴り飛ばし、ルキフェルと背中合わせになると彼の耳元で囁く。


「先に行け、おれが止める」

「っ、何言って……! ダメだ、そんなの!」


 ルキフェルが振り返るとまた一人斬りかかってきて反射で弾いた。ジャスパーがルキフェルの横顔を見ると舌打ちを一つして声を叩きつける。


「いいから行け! お前が止める相手は、ここにいる連中じゃねえだろ!!」


 ジャスパーが次の刃を弾き、ルキフェルは顔を強張らせた。理解しているが、離れられない。その時、ジャスパーの手がルキフェルの背中に触れて押し退けた。


「早く行け!!」


 ルキフェルは押された反動で体が崩れかけ、ジャスパーを振り返ると声を震わせた。

「……っ、ジャスパー、頼む……! 死ぬな……!」


 詫びと礼が混ざり、ルキフェルは言葉になりきらないまま零れて走った。城壁通路の先、ルキフェルの足音が遠ざかる。ジャスパーは兵の群れを相手に息を吐くと、カットラスの峰を肩に乗せて口元を歪ませた。


「来な。痛いって泣く前に沈めてやるよ」


 カットラスの刃が松明の光を弾く瞬間、城壁通路で紅い閃光が駆け抜けた。



 螺旋階段は静かだった。外の喧騒はもう遠い、石壁に沿って巻き上がる道は細く長く、終わりが見えない。足音が一定の間隔で重く響く。さきほどまでの戦いが遅れて身体に戻ってきて息が深くなる。マクシムは歩きながら、双剣に付着した血を袖で拭っていた。一本拭って鞘に納め、もう一本も同じように拭って納める。グウェナエルがマクシムの動きを横目で追うと階段の先を見上げた。闇の上に微かな光がある。


「……いよいよ、か。ここまで来るのに長かったでしょう。よく、その執念が続いたものだ」


 グウェナエルが他人事のように呟くと、マクシムは息を吐いて螺旋の先を見上げた。


「これは自分への決着でもあるんです」


 グウェナエルが肩をすくめて口元を歪ませる。


「だから、ルキフェルを殴ったわけですか。まあ、隊長ならやるだろうとは思ってましたけど」


 マクシムの足が不意に止まり、石段の上でグウェナエルを振り返った。


「……君はここにいていいのか」


 グウェナエルも数段下でぴたりと動きを止めて乾いた笑みを浮かべる。


「ここまで来て、それですか。俺はね、せっかく手に入れた名誉を捨ててまで隊長の行き先を見たいんですよ。あの漂流事件で、必ず生き延びると叫んだあなたが、人を復讐する道を選んだ先を」


 グウェナエルが視線を落として自分の手を見た。長剣を握る手、血に濡れた指。


「……今だから言えますけどね。俺は隊長以外に守るものがないんですよ。過去に死んだも同然の男ですから」


 マクシムの胸の奥が締め付けられ、脳裏に別の姿が浮かぶ。宿舎にいるはずの彼女、あの笑顔。マクシムは振り払うように口を開く。


「それでも、あなたに生きてほしいと願う人間が——」

「だから、なんですか」


 グウェナエルが鋭い声で遮った。マクシムが息を呑んでいると、グウェナエルはもう前を向いて彼より先を進んでいく。それでも、マクシムは切羽詰まった声でグウェナエルの背に向かって言う。


「今なら引き返せます。僕も、あなたに——」

「隊長。……もう、いいんです。俺に流れる血……この血は、生まれた瞬間から価値がないものです。生きてる意味なんて、最初から無かった」


 グウェナエルが振り返ると、どこか諦めたように苦笑していた。


「リー・ウェンが言ってた通りだ。俺の居場所は、戦場なんです。戦がなければ、自分が要らなくなる。ここまで来たのも、全部俺の選択です。後悔はしていません」


 マクシムは絶句していた。——理解してしまう。この男の中で、何かが完全に終わったことを。その時、螺旋階段の下方から複数の足音が重なって響いた。金属が擦れる音、鎧がぶつかる鈍い衝突音。狭い円筒の内側で反響が増幅される。マクシムが振り返った瞬間、脇を風が抜けた。グウェナエルがすり抜けて一段下に降り、マクシムを振り返らずに言う。


「……行ってください。ここは俺が止めます」

「何を——」

「俺がここにいる意味、無駄にさせないでくれ」


 マクシムは歯を食いしばって踵を返し、螺旋を駆け上がった。軽やかな足音が遠ざかり、グウェナエルは長剣を握り直して肩の力を落とす。暗がりの中、動く影の数を数える。多いが、関係ない。間合いを測る。段差、手すり、曲線を頭に入れる。最初の影が現れ、松明の光が刃に触れた。来る。グウェナエルは呼吸を整えて踏み込む。


 ——今だ。


 最短で間合いに入る。浅く斬り、次の刃を受けては流し、押し返す。階段は狭い、一度に来れる数は限られる。上にいる利を最大に。下から来る兵たちの猛攻は止まらず、次第にグウェナエルの長剣が重くなって腕に衝撃が溜まる。呼吸が荒れる、それでも引かない。また一人薙ぎ、刃が鎧に当たる。鈍い手応え、浅いが、足を止めるには十分。蹴る、落とす。次、次。血が飛んで階段の縁に赤が増える。滑って足元が崩れ、歯を食いしばって踏み直す。あの男はもう上にいる、それでいい。それで意味がある。剣を振るうと腕が軋み、息が焼けて視界の端が暗くなる。それでも立つ、ここで止める。そのためにここにいる。


 戦闘の眼下では遅れて塔室の扉が開き、ルキフェルが踏み込むと思わず足を止めた。空気が違う。濃い鉄の匂い、熱気。彼の視界に入るのは崩れた形の残骸だ。倒れた兵、砕けた装備、床に広がる赤。見慣れているはずの光景、何度も越えてきたはずの戦場なのに、喉の奥がひりついて胃が反転し、足が一瞬だけ後退しかけた。


「……っ」


 ルキフェルは歯を食いしばって飲み込むと、天井を見上げた。頭上から微かに音がする。金属がぶつかる音、断続的な衝突。まだ誰かが戦っている。ルキフェルが視線を巡らせると、円形の空間に螺旋階段を見つけた。ルキフェルは血を踏み越え、破片を蹴り、一直線に階段を駆け上がっていく。同じ石段、同じ曲線、同じ手すり。上がっているはずなのに景色が変わらない。足音が跳ね返って聞こえる。ルキフェルのブーツが踏み外しかけ、靴底が血で滑った。

 ルキフェルは手すりに手をついて体勢を立て直す。息が荒い、胸が焼ける。距離が縮んでいる実感がない。上へ進んでいるのか、同じ場所を回っているのか分からなくなる。それでも、上から音がある、近づいている。ルキフェルは手すりから身を乗り出して上を覗いた。暗いが、動く影が見える。刃が交差する光がかすかに瞬いた。ルキフェルは歯を食いしばるとまた駆け出した。


「……くそっ」


 やがてルキフェルの視界に影の輪郭がはっきりしてくる。兵の数、刃の軌道、グウェナエルが血に濡れている。足元も段差も暗い赤が広がり、それでも立って振るっている。ルキフェルの喉が震え、声が勝手に出る。


「——もう、やめろ!!」


 彼の叫びが螺旋を打って反響が何重にも重なる。グウェナエルの動きが止まり、下から駆け上がってくるルキフェルを捉えた。グウェナエルは兵を押し退けて場を確保し、ルキフェルの来る方向を正面に据えて長剣を構え、切っ先を下げた。ルキフェルは時折足を滑らせて半ば這うような体勢で駆け、螺旋の途中で血の匂いが濃くなって思わず顔を顰めた。グウェナエルは最後の一人を切り伏せたところで、ルキフェルがやってくると数段上から見下ろした。螺旋階段上、骸が転がる中で二人が対峙する。


「貴様、よくここまで来たな。だが、ここから先へ通すわけにはいかない」


 グウェナエルが一段踏み締めると足元の血がわずかに広がった。


「……あの嵐の続きでもしようか。貴様が俺たちに襲いかかり傷つけ、恐怖に落とした、あの日の続きだ」


 ルキフェルの胸の奥に冷たいものが走るが、剣帯に触れず真正面から言う。


「俺がここにいるのは、お前の隊長を止めるためだ。お前たちが止められなかったものを、俺が止める」


 グウェナエルの眉がピクリと動き、声を押し殺しながら言う。


「ソフィーから聞いた。お前、隊長と殺しの約束を交わしたそうだな」


 ルキフェルの目が見開く一瞬の揺れを、グウェナエルは見逃さず切っ先でルキフェルを指す。


「俺がここにいるのは、隊長が生きる道を残すためだ。邪魔する者は排除する」


 ルキフェルは頭に血の気が上って思わず叫ぶ。


「違う! そんな約束、俺はさっき否定した! 間違ってたと! 俺は、あいつを殺さない。間違ってるって伝えるために来たんだ。剣じゃない、言葉で——」

「無駄だ。隊長は止まらない」

「それでも止める! これ以上、誰かが犠牲になる戦いなんて……続けたって心が死ぬだけだ!」


 ルキフェルは言い切ると荒い息も整えないまま、グウェナエルの血に濡れた体を目でなぞる。


「お前だって……ボロボロじゃないか。これ以上、無理するなよ」


 グウェナエルの目が揺れ、切っ先がブレるも握り直してルキフェルを睨みつける。


「俺は隊長を守るために——」


 ルキフェルの頭の中で温度が急上昇して目が吊り上がった。


「ふざけるな! そう言って命を落としてきた奴を、俺は何人も見てきた! 俺は……もう、誰か一人が全部背負って死ぬのを見たくない! お前は、命散らすために生まれてきたんじゃないッ!!」


 ルキフェルの叫びが螺旋に木霊し、グウェナエルの指先が力を失って刃が下がった。暗がりの中、彼の頬が煌めいた。ルキフェルが目を凝らそうとした時、下方から複数の足音と鎧の擦れる音が迫ってきた。ルキフェルが振り返ると、四人の四人が駆け上がってくる。ルキフェルが剣帯に手の伸ばしかけた時、グウェナエルが彼の脇を通って階段を降りていった。


「……さっさと行け。俺たちが止められなかった続きを、お前が引き受けるって言うなら通してやる」


 ルキフェルは目を見開くと、グウェナエルは振り返りざまに彼を見上げて笑う。


「勘違いすんな。止めるのが俺の役目だ。……お前も守るために」


 グウェナエルは一段下がって兵の方に目を向けた。


「あの男は意地でも聞かないだろう。それでも行くんだな」

「ああ。あいつの復讐は間違ってる」


 ルキフェルは語気を強めて言うと、グウェナエルがふっと息を吐いて目を落とした。


「……それ、真正面から否定したのはお前が初めてだ。本当は俺たちが止めるべきだったのに、ここまで引き延ばした。……ダセえな」


 グウェナエルは自嘲気味に微笑むと、ルキフェルを見上げて顎で螺旋の先を示してすぐ顔を逸らした。ルキフェルはグウェナエルの背を見据え、ため息混じりに言う。


「……ありがとう」


 ルキフェルは踵を返し、足を早めて上へ駆けていった。


 ——復讐を止めなければ、あいつも助からない。


 グウェナエルの前に四人の兵が立って同時に来る。速い、疲労が遅れて襲うが、剣はまだ振れる。受けて流して斬る。一人、二人、だが三人目の刃がグウェナエルの脇腹をかすめた。グウェナエルが息を詰まらせると、四人同時に突いてくる。避けきれず刃が入り、グウェナエルの膝が落ちて崩れる。視界が揺れるが、それでも止まらない。グウェナエルは歯を食いしばって長剣を振り、一人の喉元を打つともう一人も同じように斬った。一本、二本と身体から抜けていく。残り二本の刃がズルッと抜けるとグウェナエルは片膝を突いた。一人が剣を頭上に掲げたところで、グウェナエルは足を払って階下へ落とし、震える足で立ち上がる。最後の一人が迫ってくると、グウェナエルは刃を受けて押し切って兵との距離が開いたところで叩き斬った。息がうまく吸えない、視界が曖昧になる。手から剣が離れると、グウェナエルの体が崩れ落ちて天を仰いだ。石の冷たさが背に伝わる。


 ——まだ、生きてるのか。もういい、このままでも……。


 乾いた笑いが喉で止まる時、彼の脳裏にあの声が蘇る。


 ——私の元に帰ってくることを、目標にしてみませんか。それだけでも、生きる理由になるはずです。


 柔らかい声が光のように胸の奥に触れる。それからさっきの怒声、真っ直ぐな言葉。


 ——お前は、命散らすために生まれてきたんじゃないッ!!


「……っ」


 グウェナエルの口から息を吹き返したように声が漏れ、瞼が見開いて天井が揺れて見えた。彼は震える手を彷徨わせて床を探り、冷たい金属が指に触れると掴み取って引き寄せる。グウェナエルは体を起こすと壁に手をつきながら立ち上がり、剣を引き摺って暗闇を探った。石を擦る音が長く尾を引き、一歩また一歩と下へ降りていく。


 ——長い夜のあとに訪れる、夜明けの光を求めて。

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