第八章① Montage
アランの死の知らせは、遺体の搬入と共に集落へと広がっていった。
叫びも怒号もない、嗚咽を飲み込み、肩を震わせるだけ。それぞれが、それぞれのやり方で哀悼していた。運び込まれたアランの遺体は布に包まれていた。血は拭われているが、消せてはいない。
遺体の前に座るレオンは淡々と手を動かした。布を取り替え、薬剤を塗る。丁寧に、決して乱さず。どんな埋葬になるかは分からない。土か海か。だが関係ない。亡くなった仲間にしてやれることをする、それが彼の矜持だった。レオンが作業を続ける背後で、ヤンは腕を組んで見守っている。これからのことを頭の中で巡らせる。そして、この死の意味も。
アランの帆船の甲板上では、空気が重く沈んでいた。ティエンとニコラは壁に凭れ、イヴォンとマルクはテーブルに着いていた。海風が甲板を撫で、帆が微かに揺れる。集落の桟橋の先、ルキフェルは片膝を抱えて肩を上下させていた。コリンが少し離れた位置で立ち、ジャスパーはコリンの隣にいで腕を組んで何度かルキフェルの背を見る。
レオンのテントの中、ニールは上半身を少し起こされた状態で、東洋人たちが手当てを続けている。布が取り替えられ薬が塗られ、包帯が巻かれる様を、ニールはぼんやりと見ていた。痛みはあるが、それ以上に頭の中が静まり返っている。テントの外、マテオが集落を見渡せる位置に立っていた。風が髪を揺らし、マテオは自分の手を見下ろした。震えは止まっている代わりに何もない。音も熱も怒りも、空白だけが残っている。
やがて集落の者たちが桟橋に集まった。布に包まれたアランの遺体が小舟に運ばれ、担ぐ手は慎重で誰も急がない。クォーターマスターとして、船を支え続けた男の最期に相応しい形として水葬が選ばれた。桟橋の先でロープが解かれ、布の端が風に揺れる。ルキフェルは海上へと突き進む小舟を見届けることしかできなかった。やがて、遺体が海へと滑り落ちて水面が揺れ、誰の胸にも暗い海の底へ深く沈んでいく。やがて誰かが背を向け、一人また一人とその場を離れていく。この夜、集落に火は灯っているが、笑い声もなく誰もが早く床についた。
眠るためではない、何も考えない時間を求めるように。
一方、ダラス家の帆船。針路はフランス、海は暗く風が強まっていた。甲板上、ドミニクは手すりに寄りかかって海を眺め、ピエールが足音を荒くして歩き回り、苛立ちを乗せて吐き捨てる。
「あの野郎。兄上にいきなり銃を向けやがって……オレたちが何したって言うんだ。いつか殺す。また邪魔してくるなら、今度こそ——」
「ちょっと落ち着きなよ」
ドミニクが遮って振り返ると、ピエールは呼吸を荒くして目を鋭くさせる。
「落ち着いていられますか! 連中は何度も邪魔してくる、一族の使命と誇りを何度も踏み躙ってくるんですよ!」
ピエールの目はどこか恍惚とし、彼は歪んだ笑みを浮かべた。
「今度こそ殺してやりましょうよ。ジャスパーだけじゃない……全員だ。それと……マクシミリアン・ブーケ」
ダミアンの肩がびくりと跳ね。ドミニクがぼそりと呟く。
「それ、誰」
「オレをぶん殴って腕輪を奪ったやつです。あいつも消さなければ——」
ピエールが吐き捨て、罵倒と殺意を込めた言葉が続くが、ダミアンの中では別のものが積み上がっていた。
さっきの光景、ニールの姿、砂浜に倒れる男、泣き崩れる仲間、あの島の空気。そして今、ここで吐かれる言葉。このままならまた行く、また殺す、また壊す。——今度こそ奪われる。
ダミアンの胸の奥が締め付けられて息が浅くなり視線がピエールへ向く。
兄、絶対従うもの。だが、今は脅威に見えた。
——守らなければ。誰を? 決まっている……仲間を。
ダミアンは手を伸ばしてピエールの腕を掴み、抱き寄せると船縁へジリジリと後退していった。
「……っ、何を——」
ピエールが振り払おうとするが、ダミアンは離さんばかりに力を込める。
「なにしてる、やめろ」
ドミニクが声を発するとダミアンの目が揺れるが、腰が船縁にぶつかったところでスレートグレーより淡い瞳がギラついた。
「……ごめんなさい、兄上。もう……耐えられません」
次の瞬間、ダミアンは船縁に身体を預けてピエールごと落下した。
「——っ、ダミアン!? 何を——!!」
ピエールの絶叫が風を裂き、闇の海に叩きつけられる音と水しぶきが上がった。静寂の中、ドミニクが立ち尽くしているとすぐに叫んで部下が動く。灯りが揺れて海を照らすが、闇は深く波も荒い。やがて探索は打ち切られ、帆船はフランスへ進み続ける。
そのうち、朝が来て水平線の向こうから淡い光が広がる。夜の重さを押し流すように海面がゆっくりと色を変えていく。寄港地、静かな港に一隻の小型ガレオン船が停泊していた。船体には新しい帆、張り替えられたばかりの帆が爽やかな風を受けて柔らかく膨らむ。積荷は多く木箱が整然と並べられ、出港の準備はすでに整っていた。やがて号令がかかってロープが外され、船は開けた海へと滑り出した。
甲板上、アーシャが大きく息を吸い込んで、胸いっぱいに朝の空気を取り込むとぐっと背を伸ばす。
「ああ、いい休暇だったー!」
アーシャの声が空気を切り裂くように明るく通る。彼女の横でフェリスが海を見ながら呟く。
「さて……お迎えに行きますか。兄さんたちを」
その時、船首付近から声が飛んで部下がこちらへ駆けてきた。息が少し上がっている。
「報告! 海面に……何か漂っています!」
アーシャとフェリスが同時に顔を上げ、アーシャが食ってかかる。
「何かって何!」
「黒い……物体が二つ!」
フェリスの顔が強張って声を張る。
「距離は?」
「すぐそこです!」
一瞬の沈黙の後、アーシャが即座に指示を飛ばす。
「引き揚げて! 急いで、小舟出して!」
動きが一斉に変わり、ロープが外されて小舟が降ろされる。数人の部下が飛び乗り、櫂を入れると海面を切り裂くように進んだ。黒い影が波に揺れている。ひとつ、もうひとつ。
「……人だ」
小舟の上で誰かが呟くと急ぎ腕を伸ばして引き寄せる。重い、水を含んだ衣服がズシリと手にかかって持ち上げる。
「人でした! しかもどっちも!」
小舟の上の部下が帆船を振り返って叫び、アーシャは船縁から身を乗り出して甲高い声を発する。
「生きてる!?」
「分かりません!」
「とにかく上げて! こっちに乗せて、早く!」
小舟が引き返してロープが投げられ、引き上がる。甲板に人が運び込まれ、木床に水が滴る。濡れた衣服と動かない身体が横たわると、アーシャとフェリスが駆け寄った瞬間、息を止めて声を漏らした。
「……は?」
鏡のように同じ顔が並んでいるのを見下ろしながらフェリスが呟く。
「ピエールが二人? いやまさか、双子ってやつ……?」
その時、別の船員がアーシャに手を差し出すと、掌の上で濡れたシトリンの指輪がキラリと光った。
「これも流れてきました……でも、持ち主がどっちかは分かりません」
船員が困ったように言うと沈黙が一瞬落ち、アーシャが甲板を見渡しながら叫ぶ。
「そんなの後でいい! 早く船医呼ばないと! てか、早く身体温めて! 毛布! 急いで!」
アーシャの声が朝の空気を切り裂くように響き、船は命を繋ぐために再び動き始めた。




