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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】7・8巻「真相編」  作者: セキユズル
第一章「しばらく、こちらでお世話になります」
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第一章① 五人組

 *偉人の言葉

 

 海辺で遊んでいる少年のように、私はときどき、通常より滑らかな小石やきれいな貝殻を見つけて夢中になっている。しかし、私の目の前には真実という名の巨大な海原が、まったく解き明かされないまま横たわっているのだ。


 ——アイザック・ニュートン(Isaac Newton)

 サン・マロを旅立って幾夜を越えただろうか。港でカルロータとディッキーが手を振っていた光景が、まだ瞼の裏に焼きついて離れない。あの街に、再び戻る日は来るのだろうか。サン・マロは変わらず自由港だった。海賊たちがひしめき合い、指名手配の男が紛れていようと誰一人として気にも留めない。もっとも、ルキフェルや赤髪が目立つジャスパーが、アーシャ海賊団の船から一歩も外へ出なかったのは言うまでもないが。


 青空の下、ルキフェルは甲板に立って海を眺めている。波の音に紛れるように小声で、胸の奥に浮かんだ言葉を撫でるように口ずさんでいた。


 夜の空に懸かる月よ

 言の葉なき想ひ、託す

 静けき風に乗りて

 遠き人へと渡らむ


 されど振り返らず

 月の光、背を押す

 影にひそめし志を抱き

 しづかに明日へと歩まむ


 切りの良いところで、ルキフェルは口を閉ざして甲板の木目に目を落とした。


 ここから先はより一層、人の目を意識しなければならないのか。いや、ただの警戒だけじゃない。昔から「見られる」という行為そのものが苦手だ。傷だらけの顔が理由ではない。もっと根深い、本能に近い拒絶が他人の視線に触れた瞬間、内側からせり上がってくる。そして、もうひとつ。それ以上に厄介なのが自己嫌悪だ。世界から嫌われるような自分が、幸福を手にして生きることなど誰が許す。……いや、誰よりも自分自身がそれを許せなかった。


 ルキフェルが深々とため息を吐いた時、ジャスパーに肩を叩かれる。


「よ、辛気くせぇ面してんな」


 ルキフェルはジャスパーを振り返って目を細める。


「操舵はどうした」

「ちょっと休憩。たまにはサボらせろ」


 そう言ってジャスパーはその辺に置かれた木箱に腰を下ろした。ルキフェルもまたジャスパーと向かい合うように樽へ腰を下ろす。甲板の上を冬の風が抜け、帆のきしむ音と波が船体を叩く低い響きが二人の間を満たしていた。ルキフェルが口を開く。


「……ジャスパー。母親、ちゃんといたんだな」


 ジャスパーが片眉を上げる。


「……ん?」

「昨夜、話してただろう。忘れてた記憶、思い出したって」

「ああ。あれか」


 ジャスパーがヘラッと笑うと、ルキフェルは目を逸らして海の方を見て言う。


「……どんな感じだ。俺……母親、いたことないから」


 ジャスパーの目が細くなると、彼は背もたれ代わりの縄束に体重を預ける。


「……そっか。うまく説明できるかわかんねぇけどさ。なんつーか……あったかかったってのが一番近い」


 ルキフェルは何も言わず耳を傾け、ジャスパーは言葉を選びながら語る。


「ガキの頃な。ベッドの上で抱きしめられてた記憶があんだよ。赤い髪でさ。……おれと同じ色の。声は低かったけど優しくて。ずっと言ってた、燃え続けろって。煙にも灰にもなるな……ちゃんと生きろってさ。自由に生きろとも言われた。風みたいに捕まらずに縛られずに、誰かに認められなくてもいいって。でも自分の中の火だけは消すなって、やたら強く言ってた」


 ジャスパーは自分の耳に触れてイヤリングを軽く指で弾く。


「これを外すなって何回も言われた。名前も誕生日も……何回も、何回も。で、気づいたらいなくなってた。引き離されたんだと思う。ガキだったからよく覚えてねぇけど、顔も声もほとんど忘れてた。でも、温もりだけはなんか残ってんだよな」


 ルキフェルが海を見ている横顔を見て、ジャスパーは息を吐いた。


「ルキフェル。生まれてからずっとボッチみたいな顔してるけど……最初から独りだった人間なんているわけねぇだろ。まず男と女が——」

「黙れ。言わなくても分かる」

「はは、悪い悪い」


 ジャスパーは笑って肩をすくめると真面目な顔になった。


「でも、お前を守ろうとしたやつは絶対にいる。フランソワだけじゃねぇよ。記憶がねぇだけで、お前に愛情注いだ人間は絶対いる」

「……それは、勘か」


 ルキフェルが低く問うとジャスパーは首を振って空を見上げる。


「違うな。変わらねぇもんなんだよ。この世界がある限り、誰にでもある。……ずっと変わらないものだ」


 ジャスパーの言葉が風の中に溶けていき、ルキフェルは波が砕け、白く弾けては消えていく繰り返しをじっと見ながら呟く。


「……愛された経験がない人間は、人を愛せるんだろうか」

「それ、例えばの話か?」


 ジャスパーが眉を上げると、ルキフェルは海から視線を外してジャスパーを見据えた。


「マクシミリアンだ。……あいつ、言ってただろ。島のために復讐を決めたって。けど、あの目。俺には……何か飢えてるように見えた」


 ジャスパーの表情がわずかに引き締まり、ルキフェルは構わず言葉を重ねる。


「使命だとか大義だとか……ああいう言い方はしていたが、それだけじゃない気がする」


 ジャスパーは少しだけ視線を落とし、足元の木箱を踵で軽く蹴った。


「……まあな。飢えてるやつってのはいるよ。何かを埋めるために動いてるやつ。復讐ってのは便利だな、動くための理由になる。でも、中身までは誤魔化せねぇ。何に飢えてるかは、そいつ次第だ。愛かもしれねぇし、居場所かもしれねぇし……あるいは自分を許す理由かもな」

「……なるほどな」


 波の音が規則正しく響き、しばしの沈黙のあとジャスパーがふいに口を開いた。


「……なあ」

「なんだ」

「今でも彼女のこと好き?」

「……誰の話だ」

「スザンヌちゃん」


 ジャスパーは間髪入れずに言った。ルキフェルの表情が一瞬だけ固まるも、すぐにいつもの無表情に切り替える。


「終わった話だ」

「はっや。即答すぎだろ」

「事実だ」

「いやいやいや、“終わった”って言うやつ、大体終わってねぇからな」


 ジャスパーは身を乗り出して顔を伺うも、ルキフェルは眉一つ動かさない。


「終わっている」

「じゃあなんで一瞬間あったんだよ」

「無関係な話を振られたからだ」

「ほーん?」


 ジャスパーは面白そうに目を細める。


「じゃあ聞くけどさ。あの子が目の前で泣いてたら?」

「関係ない」

「倒れてたら?」

「助ける」

「ほらな」

「人として当然の行動だろう」

「じゃあ他の女でも同じことする?」


 ルキフェルは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……状況による」

「はい出ました例外判定」

「黙れ」


 ジャスパーは肩を震わせて笑う。


「いやいや、分かりやすいってお前」

「何がだ」

「終わった話のくせに扱いが特別なんだよ」


 ルキフェルはジャスパーから視線を逸らした。


「気のせいだ」

「気のせいじゃねぇよ」

「証拠はない」

「お前の反応が証拠だろ」

「論理が飛躍している」

「感情の話に論理持ち込むなよ」

「くだらん」


 ルキフェルは吐き捨てるが、ジャスパーは少しだけ声のトーンを落とした。


「なあ、嫌いになったわけじゃねぇんだろ」


 風が吹いて帆が鳴り、やがてルキフェルは息を吐いた。


「……終わった話だ」

「はいはい。じゃあそういうことにしといてやるよ」


 ジャスパーは少しだけ口元を緩め、ルキフェルは再び海へ視線を戻した。波は変わらず船を揺らしていた。その時、二人の元に三人分の足音が近づき、マテオが二人に向けてぶっきらぼうに杯を二つ差し出してくる。


「ほらよ」


 ルキフェルは杯を一瞥してから受け取ると仄かに甘く、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。ニールが横から顔を出し、いつもの調子で説明を添える。


「トウモロコシの粉とソルガムに、シナモンとジンジャーを少々発酵させたやつだって。ちょっと変わり種のザウアークラフトウォーターだよ」


 ニールの後ろでは、コリンがにこにこと杯を掲げている。


「市場で見つけたんだ。アフリカから流れてきた食材らしくて、アーシャが面白がって買い溜めしてたんだよ」

「助かるー……」


 ジャスパーが受け取った杯を軽く揺らしながら肩の力を抜いた。


「さすがに強い酒ばっかだとさ、すぐ意識飛ぶんだよな。たまにはこういうのがいい」


 ルキフェルは一口含むと舌の上に残る香辛料の余韻と発酵の柔らかな酸味に目を細めた。


「……珍しいな。今のサン・マロって、アフリカにも荷が流れるのか」


 ニールは「ああ」と頷き、手にした杯を軽く持ち上げる。


「ほら、あの辺ってさ。奴隷貿易やってる船を懲らしめる、義賊気取りの海賊団が多いじゃん? 攫われた連中を助けたりすると、現地の連中から礼をもらうらしい。で、その一部がこうやって流れてくるってわけ。港の連中が話してたよ」


 コリンがすかさず頷いた。


「ウィンウィンな関係ってやつだね」

「ま、綺麗な話ばっかじゃねえだろうけど」


 マテオが肩をすくめた。海の上の“正義”が、どれほど曖昧なものかはここにいる全員が知っている。


「かんぱーい」


 ジャスパーが杯を軽く掲げると五つの杯が触れ合い、乾いた音が冬の海風に溶けていく。彼らはそれぞれに杯を傾け、しばし言葉を交わすことなく静かな休息を味わった。強い酒ではないが、だからこそ頭は冴え、体の奥にじんわりと温もりが広がっていく。ジャスパーとニールとコリンがくっちゃべってるのを背景に、マテオは二口目を呑んだところでルキフェルの隣に腰を下ろして言う。


「なあ、前から気になったこと聞いていいか」

「女以外ならいい」

「逆になんで?」


 マテオが目を丸くしてルキフェルの横顔に目を向けると、ルキフェルは渋い顔で杯を煽った。この表情は味のせいじゃないな。マテオはため息を吐いて自分の隣に杯を置くと声を落とした。


「……顔の傷、濃くなったよな」


 ルキフェルは杯を再び口付けようとして下ろし、杯の中の水面に映る自分の輪郭を見つめながら呟く。


「リヴェンジ・クイーンで、色々あった」

「色々?」

「……消えかけたもんを、もう消えないものにされた。全部言う必要あるのか?」


 ルキフェルは思わず語気を強めて声を発し、ため息を吐いた。


「すまない、けどいつか話す」


 マテオは「それでいい」とでも言うように頷き、目を伏せて自分とルキフェルの靴元を見つめていた。やがて五人組はそれぞれ杯を手にしたまま木箱の上に白紙と鉛筆を置き、港で集めてきた自分たちの指名手配書を並べた。風にさらわれないよう、いくつかは杯で押さえられている。マテオが腰を下ろし、手配書の一枚を無造作に引き寄せた。


「今まで集めた情報、一回整理しとくか」


 マテオはじっと一枚の紙を見つめ、ひらりと持ち上げてニールへ突きつけた。


「なあ……お前の顔、ちょっと美化されてね?」

「えー? そうかなぁ」


 ニールは身を乗り出して自分の手配書を覗き込み、しばらく考えるとあっけらかんと言う。


「たしかに、僕ってここまでカッコ良くはないかも。本当はもうちょっと可愛い顔してるのに」

「それ自分で言うか普通」


 ジャスパーがすぐさま横から口を挟み、今度は別の紙を指差した。


「つーかマテオ、お前は逆だろ」

「……あ?」

「劣化してる」


 ジャスパーが間髪入れずに言い切るとマテオの額に青筋が浮いた。


「おい待て」

「なんだよ事実だろ」

「どこがだよ」

「全部だよ」


 火がつくのは早く、二人の声が一気に大きくなって甲板の空気をかき乱す。


「てめえの目が腐ってんだろ!」

「いやいやいや、お前の顔が現実から逃げてるだけだって! てか、褒めただけなんだけど!?」

「言葉選びが壊滅的だ、ゴルァ! お前だって赤髪以外に特徴ないだろ!!」

「なんだよやる気か!?」


 二人が掴み合ってギャミギャミと言い合い、ニールとコリンが制裁を諦めたところで、ルキフェルは紙の上に視線を落としたまま声を落とす。


「……お前ら、うるさい。やるなら海に落ちてからやれ」


 マテオとジャスパーは一瞬だけ睨み合って同時に舌打ちして引き下がる。


「チッ」

「つまんねえな」


 二人の様子を横目にコリンは白紙へ手を伸ばして鉛筆を取った。ごちゃついた会話の流れをそのまま書き留めれば、すぐに収拾がつかなくなると予測できた。彼は迷いなく線を引いて縦に一本と横に一本、白紙は四つに区切られると必要に応じて細かく線を足していく。情報を話題ごとに切り分けるための下準備。ルキフェルがコリンの手元をちらりと見る。


「……助かる」

「このままだと絶対ぐちゃぐちゃになるからね」


 一頻りの騒ぎが収まると甲板に再び風の音が戻ってきた。ルキフェルは木箱の上に広げられた紙と手配書をざっと見渡す。


「さて、何から話すか」


 コリンが線で区切られた白紙に視線を落とし、指先で一つの区画を軽く叩いた。


「やっぱり……まずはダラス家かな」


 間髪入れずにジャスパーが顔を顰める。


「うへぇ……おれ、もうアイツらの話したくなーい」


 コリンは苦笑しながら首を振った。


「いやいや、避けては通れないよ。アランが言ってたじゃん、本当の敵はダラス家だって。あの戦争も……全部、裏で仕組んでた」


 ニールが手を伸ばし、コリンの横から鉛筆を借りると区切られた一角に簡単な図を書き始めた。


「そもそもダラス家って表向きは現王の側近。王政の中枢にいる貴族だよね」


 ニールは紙に軽く線を引きながら淡々と説明し、一本の線を別の方向へ伸ばす。


「でも中身は旧ブルボン派。つまり、本質的には今の王と敵対関係にある。外から見れば味方、中身は敵。……面倒くさい構図だよね」


 紙の上で二つの線が微妙にズレたまま並び、マテオが眉を顰めて腕を組むと吐き捨てる。


「面倒くさいどころじゃねえだろ。そんな連中が、なんでわざわざ内側に居座ってんだ。何が目的だよ」


 ニールは肩をすくめて鉛筆の先で紙を軽く叩いた。


「まあ、単純に考えれば内側から壊すためでしょ」

「壊すだとぉ?」

「うん。組織ってさ、外から攻めるより中から崩した方が早いじゃん。ほら、僕らだってやったでしょ。海賊同盟、内部から崩したじゃない」


 風が紙の端を揺らし、ルキフェルは四人の顔を順に見渡した。黒幕と接触した赤髪の飄々男、隠密した口悪い美青年、一番大人やって周り巻き込んだガキ、しぶとく策を巡らせた可愛い顔の青年。どれも欠けていれば成り立たなかった。もし、こいつらが必死こいて動いていなければ、あの時あの場所、自分はもうとっくに終わっていた。ここにこうして立っていることもなかっただろう。コリンが引いた線の上でニールの鉛筆が止まり、少しだけ考えるような間を置いてからニールはジャスパーを流し目で見た。


「……で、そのダラス家がなぜかジャスパーのこと知ってるんだよね」

「まあ、厳密には……おれの母ちゃんって言ってたな」


 ジャスパーが顔を顰め、マテオが紙の上に視線を落としたまま口を開く。


「んで、ダラス家の構成は長男、次男、三男、それと……黒辰封儀教団」


 マテオの口から教団の名がやけに低く躊躇うように落とされ、風がぴたりと止んだ気がした。ルキフェルの目が細くなる。


「教団の話なら俺も聞いたことがある。エドガーからな」

「え?」


 四人の声が揃い、ルキフェルは記憶を辿るように言葉を紡ぐ。


「貴族の子供を攫って洗脳して……暗殺者に仕立てる連中だと。証として焼印を刻む。星の形のな。あいつ自身も教団の所有物だったらしい。星がどうとか選ばれし者がどうとか宗教じみた話ばかりだともな」

「ああ……星の話なら、聞いたことあるな」


 ニールがぽつりと呟いて少し遠い目をする。


「リー・ウェンの誰かが話してた気がする。……でも、だいぶ前すぎて忘れた」


 頬をかくニールの隣でマテオの額が青くなっていく。彼は無意識に左腕の義手を掴むとギシッと軋む音がした。ジャスパーが空気を振り払うように声を上げる。


「整理すると、そのヤベー教団がダラス家と繋がってるってことだろ? 貴族の子攫うって……当たるか分かんねーもんに対してやること過剰すぎね? つーかダラス家も誘拐に関わってそうで普通に怖えんだけど」

「いや、それよりジャスパー。ダラス家がジャスパーのお母さん知ってるなら、ジャスパーも攫われた子供なんじゃないの?」


 コリンがすぐに切り返すとジャスパーは即座に声を上げる。


「はあ!? バカ言うなって! おれは母ちゃんと引き離されてからは親切な貴族の使用人やってたんだぞ!? 何年かしたら家出したけど! ダラス家なんて知らねえよ」


 ジャスパーは頭を掻きむしって言いながら自分で引っかかる。


「……あれ、なんだ? 暗殺者教育ってこと?? え、待って、わかんねえ……思い出せねえ……!」

「落ち着きなって」

「いや無理無理無理!」

「情報が増えて逆に混乱してるやつじゃん」


 ニールとコリンが半ば呆れながらも応じ、三人の声が一気に重なる喧騒の中でルキフェルはマテオを見ていた。


「マテオ、どうした」


 マテオの肩がわずかに跳ね、すぐに目を逸らしていつもの調子を無理やり取り繕う。


「……なんでもねえよ」


 マテオの義手を握る力だけがわずかに強くなるも、ルキフェルは神の上に視線を戻す。ジャスパーが完全にお手上げの様子で両手を上げた。


「無理無理! これ以上考えても頭こんがらがる!」


 ニールが肩の力を抜くと鉛筆を置いた。


「……だね。とりあえず、ダラス家についてはこんなもんか。結論、こいつらは要注意。それだけで十分だよ」

「じゃあ次! ルキフェルの自分探しだね!」


 コリンがすぐに声を上げた、切り替えが早い。彼は白紙の別の区画を指で叩き、ルキフェルはすぐに顔を顰めて舌打ちする。


「ゼフィランサス海賊団の船医に会うには羅針盤が必要だ。……が、なんでマルセイユにあるんだ。エドガーからとっくに捨てられたと思っていたのに」


 マテオは腕を組んでどこか気まずそうに言う。


「オレが取り返した」

「……は?」


 ルキフェルの声が低くなるもマテオはあっさりと続ける。


「フェルナンドから盗んで、ニールに渡した。おい、ニール。あの羅針盤、どうやって運搬した?」


 ニールがゆっくりと顔を上げ、笑おうとして失敗する。


「……えっと、ごめん。怒んないでほしいんだけど」

「もう怒る準備できてるぞ」


 ジャスパーが即答するとニールは視線を泳がせながら言う。


「カラス使って……セドリックのとこに飛ばした」

「は?」


 ルキフェルは思わず立ち上がってニールに詰め寄った。


「危ないだろ! マルセイユに着いたらカラスに謝れ!!」


 ニールがびくっと肩を震わせるとしゅんと縮こまる。


「ご、ごめん……だって……戦争のことで、いっぱいいっぱいで……」


 目に見えて落ち込んでいる彼を見て、ジャスパーが一瞬だけ言葉に詰まって頭を掻く。


「……いやまあ、それもそうだよな。状況が状況だし……」


 ルキフェルは深く息を吐いた。


「……いい。場所が分かるだけで十分だ」


 その一言に、全員の意識が揃った。紙の上に、新たな目的地が刻まれる。しばしの沈黙のあとマテオが口を開く。


「……じゃあ、次の目的地はマルセイユとメノルカ、か」


 白紙の上に並んだ二つの地名にコリンがすぐに顔を上げる。


「ルキフェル、どっちから行く?」


 四人の視線が一斉に集まり、ルキフェルは紙の上に描かれた線と名前を、じっと見つめる。ダラス家と黒辰封儀教団、エル・イエロ島、マルセイユと絡み合った情報が頭の中で渦を巻く。どちらを選んでも先へは進めるが……。


「……メノルカだな」

「え?」


 ルキフェルがぽつりと言うとジャスパーがすぐに反応する。


「先にマルセイユ行かなくていいのか?」


 羅針盤がある場所、情報としては明らかに優先度が高い。が、ルキフェルは紙を見つめたままぽつりと溢した。


「……ちょっと、疲れた」


 四人が一瞬だけ言葉を失うもルキフェルは視線を上げずに続ける。


「たまには休みたい。……それに、思い出に浸かるのも悪くないだろう」

「……珍しいこと言うじゃん」


 ジャスパーは口元を緩め、ニールが頷く。


「いいと思うよ。急ぐだけが正解じゃないしね」

「整理する時間も必要だ」


 コリンもニコニコと笑い、マテオは腕を組んだまま言う。


「……たまにはな」


 ルキフェルはようやく顔を上げると四人と目が合った。


「決まりだな。まずはメノルカに向かう」


 紙の上に一本の線が引かれる。次の航路、五人の新たな目的が見つかった。

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