第8.1章 ― 奇妙な夢
ツバサが目を開けると、そこは果てしなく広がる白い空間だった。
周囲を見回す。
空もない。
地面もない。
何もない。
ただ、白だけが存在していた。
そして、小さくため息をつく。
— ……またここか。
ここへ来るのは初めてではない。
すると、目の前に一つの人影が現れた。
神。
相変わらず穏やかで、
相変わらず何を考えているのか分からない。
ツバサは腕を組もうとして――
そこで動きを止めた。
— ……あれ?
ゆっくりと手を見る。
人間の手。
そして視線を落とす。
足。
人間の体。
数秒間、彼はその場に立ち尽くした。
やがて、小さく笑う。
— あぁ……
— 自分がどんな姿だったか……もう少しで忘れるところだった。
神は何も言わず、ただ彼を見つめていた。
ツバサは自分の指を見つめる。
肌。
体。
そして――自分自身を。
懐かしい記憶がよみがえる。
家。
友達。
両親。
家族で囲んだ食卓。
何気ない日々。
平凡で――幸せだった人生。
だが……
それはもう、すべて失われていた。
彼は静かに拳を握る。
転生してからというもの、
加護。
戦争。
怪物。
そんなものばかりに巻き込まれてきた。
自分は、何一つ望んでいなかった。
ただ――
一羽のニワトリとして、
のんびり暮らしたかっただけなのに。
自然とため息が漏れる。
すると、神が口を開いた。
— 別のことを聞かれると思っていた。
ツバサは顔を上げる。
— 別のこと?
— なぜ君に『フェニックスの加護』を与えたのか……とかね。
少しの沈黙。
そしてツバサは肩をすくめた。
— 気にならないと言ったら嘘になります。
— でも、どうせ簡単には教えてくれないんでしょう?
神は、かすかに微笑む。
— 飲み込みが早いな。
— それ、褒めてます?
神の笑みが消えた。
その表情が、急に真剣なものへと変わる。
— 君をここへ呼んだのは……
— 『傲慢』について話すためだ。
その瞬間。
ツバサの背筋を冷たいものが走った。
— あいつ……?
神は静かに頷く。
— 生き延びたいのなら……
— 決して、あれを侮るな。
沈黙が落ちる。
そして神は、さらに低い声で続けた。
— それと……
— 絶対に、あの仮面を外してはいけない。
ツバサの心臓が大きく脈打った。
神が――怯えている。
そんなふうに見えたのは、初めてだった。
— ……どうして?
神は答えない。
数秒が過ぎる。
そして、ゆっくりと視線を逸らした。
— 今は……まだ言えない。
— 本当に……?
— ああ。
ツバサは深くため息をついた。
そして、ふと思い出したように尋ねる。
— じゃあ、もう一つだけ。
神が彼を見る。
— テツヤに『雄牛の加護』を与えたのも……
— あなたなんですか?
すると神は再び笑った。
今度はどこか楽しそうに。
— もちろんだ。
ツバサの目が大きく見開かれる。
— じゃあ、教えてくださいよ!
— 嫌だ。
— えぇっ!?
神は人差し指を立てた。
— もっと知りたいなら……
— 生きて戻ってこい。
— 話の続きは、その時だ。
ツバサはしばらく口を開けたまま固まった。
やがて、諦めたように肩を落とす。
— 本当に……
— 引っ張るのが好きなんですね。
神は何も答えず、ただ微笑んだ。
すると、白い空間がゆっくりと崩れ始める。
— また会おう、ツバサ。
— え? もう!?
しかし――
世界は闇に包まれた。
⸻
ツバサは勢いよく目を開けた。
そこは、自分の部屋だった。
窓から朝の光が差し込んでいる。
彼は隣を見る。
ルシアンのベッドは空だった。
— ……あれ?
ゆっくりと起き上がる。
— 今の……夢?
頭に翼を当てた。
— ……いや、違う気もする。
部屋の中は静まり返っている。
— それに……ルシアンはどこだ?
不思議に思いながら部屋を出る。
廊下を歩く。
すると――
キン。
キン。
キン。
遠くから金属音が聞こえてきた。
ツバサはその音を追う。
そして、訓練場へとたどり着いた。
そこにいたのは――
ルシアンだった。
一人で。
剣を握り、
何度も、
何度も、
何度も、
振り続けている。
その表情は真剣だった。
いや――
どこか焦っているようにも見えた。
まるで必死に強さを求めているかのように。
まるで、来たる何かに備えているかのように。
ツバサは黙って、その姿を見つめた。
そして、ふっと微笑む。
— ……もう起きてたんだ。
しばらくの間、
彼は剣を振り続ける騎士の背中を見つめていた。
その時だけは、
戦争のことも、
七つの大罪のことも、
すべて忘れることができた。
そして、小さく呟く。
— 本当に……頑張り屋なんだな。
その瞬間――
ツバサは生まれ変わって初めて、
自分はもう一人ではないのだと、
そう思えた。
⸻
第8.1章 ― 奇妙な夢 完




