第8章 ― あなたは何者ですか!? まさか……“あの者たち”の一人じゃ……!?(前編)
コトーの町。
午後一時。
ルシアン、ツバサ、キック、そして数名の騎士たちが到着した時――。
そこに広がっていたのは、まさに地獄の光景だった。
空には太陽が高く昇っている。
それなのに、町全体を黒い煙が覆っていた。
建物は今なお燃え続けている。
人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、
傷ついた者たちが地面に倒れ伏していた。
そして――
二度と立ち上がることのない者たちも。
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混乱の中でも、ルシアンだけは冷静だった。
通りを進みながら、次々と指示を飛ばしていく。
— アリシア王国へ避難しろ!
— 騎士団が必ず守る!
— ここに留まるな!
その声には不思議な安心感があった。
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一方、キックは負傷者の治療に追われていた。
回復魔法を途切れさせることなく使い続けている。
額には汗が浮かび、呼吸も荒い。
それでも彼は止まらなかった。
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そして――
ツバサだけが、動けなかった。
足が震えている。
視線は地面の遺体に釘付けだった。
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(僕……)
(こんなの……見たことない……)
(こんなの……)
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彼は平和な世界で生きてきた。
戦争なんて知らない。
死を、こんなにも近くで見たことなどなかった。
それが今、突然目の前にある。
耐えられなかった。
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— おい、チビニワトリ!
ルシアンの怒鳴り声が飛ぶ。
— いつまで突っ立っている!
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ツバサはびくりと肩を震わせた。
— こ、怖いに決まってるだろ!
— こんなの初めてなんだ!
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ルシアンは少しだけ目を細めた。
本当に、ほんの少しだけ。
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— ……そうか。
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そして、彼はしゃがみ込む。
— 乗れ。
— ……え?
— 肩の上だ。
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ツバサは目をぱちぱちさせた。
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— 高い場所のほうが役に立つだろう。
そう言った。
だが二人とも、それが本当の理由ではないと分かっていた。
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— ……ありがと。
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ルシアンは剣の柄に手を添える。
— 風の精霊よ。
— 大地の精霊よ。
— 我らを守れ。
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二人を包むように、薄い結界が展開された。
そして――
煙の向こうで、何かが動いた。
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人影。
ゆっくりと。
静かに。
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最初に見えたのは、一振りの長い刀だった。
異様なほど長い。
一メートル近くあるだろうか。
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次に見えたのは、鮮やかな桃色の衣服。
模様一つない、派手な桃色。
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そして――
木製の仮面。
顔全体を覆い隠している。
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最後に響いたのは、
笑い声だった。
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— アハハハハハハハハハハハハハハハ!!
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狂ったような笑い声が、町中に響き渡る。
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— もうたまらない!
— お前たちは本当に面白い!!
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さすがのルシアンも眉をひそめた。
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— 貴様……何者だ?
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男は立ち止まる。
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— まさか……
— 七つの大罪の一人か?
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ツバサは思わずルシアンを見た。
(うわ……)
(すごいな……)
(僕なら今頃、箱の後ろに隠れてる……)
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仮面の男は、わずかに首を傾げた。
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— そんなに私の顔が気になるか?
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その声は、どこか楽しげだった。
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— その仮面……
ルシアンが呟く。
— 正体を隠しているのか。
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ツバサは別のことを考えていた。
(……なんか剣道の面みたいだな。)
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再び、笑い声。
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— アハハハハハ!!
— ならば壊してみろ!!
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次の瞬間――
キックが動いた。
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— 闇魔法。
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彼は自らの腕を切り裂く。
鮮血が流れ落ちた。
同時に、黒い魔力が腕を覆う。
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それを見た仮面の男が、歓喜の声を上げた。
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— 素晴らしい!!
— 自らを傷つけて力を得るか!!
— 実にいい!!
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だが、キックが飛び出すより早く――
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— 待って!!
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ツバサの声が響いた。
全員が彼を見る。
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— 一つだけ質問があります!
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静寂。
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— あなたは……
— 七つの大罪の誰なんですか?
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男は動きを止めた。
そして顎に手を当てる。
本気で考えているようだった。
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— ……ふむ。
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— ああ。
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— そうだったな。
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— 忘れていた。
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次の瞬間。
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— アハハハハハハハハハハ!!!
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— 私は――
— 『傲慢』だ。
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風が止まった。
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ルシアンでさえ、目を見開く。
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— 傲慢の……罪。
キックが低く呟いた。
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すると『傲慢』は片手を上げる。
六つの光球が現れた。
それぞれ異なる色をしている。
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— 我が同胞たちよ。
— 戻る時だ。
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六つの光球は、凄まじい速さで各地へ飛び去っていく。
誰も止められなかった。
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『傲慢』は再び口を開く。
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— ようやく……
— 器を見つけたのだからな。
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— あの忌々しい雄牛に敗れてから……
— ずっと、この時を待っていた。
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ツバサの心臓が大きく跳ねた。
(雄牛……)
(テツヤ……)
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やはり、伝説は本当だったのだ。
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その時。
『傲慢』がゆっくりとルシアンへ顔を向ける。
そして――
笑みが消えた。
初めて。
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— お前。
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ただ一言。
それだけなのに、
空気が一気に重くなる。
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— その目……
— 気に入った。
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刀の切っ先が、ルシアンへ向けられた。
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— 三日後。
— 私と戦え。
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— 失望させるなよ。
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その瞬間――
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— ぶっ殺してやる!!
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若い騎士が飛び出した。
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ルシアンの顔色が変わる。
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— 待て!!
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遅かった。
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騎士が剣を振り上げる。
『傲慢』は――
動かない。
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指を、軽く弾いた。
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――ドン。
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騎士の身体が吹き飛ぶ。
三軒の家を突き破り、
ようやく止まった。
まるで、布人形のように。
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沈黙。
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誰も動けない。
誰一人として。
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『傲慢』は刀を肩へ担いだ。
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— 退屈だ。
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その身体が、ゆっくりと煙へ変わっていく。
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— 三日後だ、騎士。
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そして――
姿は完全に消えた。
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静寂だけが残る。
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キックは拳を強く握りしめていた。
腕からはまだ血が流れている。
だが、彼を苦しめているのは傷ではなかった。
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手が震えている。
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— あの野郎……
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初めてだった。
ツバサは、キックが本気で怒っている姿を見た。
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ルシアンは何も言わない。
表情も変わらない。
だが――
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ツバサは気づいてしまった。
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剣を握る彼の手が、
わずかに震えていることに。
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本当に、わずかに。
それでも、確かに。
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もし、あのルシアンが恐れているのだとしたら。
この敵は――
自分の想像を遥かに超える存在なのだ。
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ツバサは、なおも立ち上る黒煙を見上げた。
そして、転生してから初めて理解する。
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これは、楽しい冒険なんかじゃない。
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――戦争が、始まったのだ。
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第8章 ― あなたは何者ですか!? まさか……“あの者たち”の一人じゃ……!?(前編) 完




