第30章 – 灰の夜明け
ステラ王国とドヴ王国の軍勢が血みどろの激突を始めてから、すでに二日が経過していた。
「うおおおおっ!」
一人の敵兵が彼らに襲いかかった。ルシアンはタルの身代わりになろうと咄嗟に間へ飛び込んだが、その刃が彼に触れるよりも早く、ハーフデモンの少女が槍を振るって襲撃者の体を貫いた。
「もう……ルル、こんな時にスーパーヒーローの真似事なんてしないでよ」彼女は息を切らしながらこぼした。
ルシアンは心配そうに彼女を見た。
「ありがとう……でも、ここ数日、ひどく気が張っているみたいだね」
「もう限界だよ、ルシアン」彼女は重いため息をついて吐き出した。「この戦い、長引きすぎ。もうクタクタだよ。ツバサやキックがいないと、テツヤ相手じゃ完全に不利になっちゃう。周りを見てよ……ステラ陣営は、ドヴの軍勢よりもずっと多くの兵士を失ってる」
ルシアンは何も答えられなかった。彼女の言う通りだったからだ。彼自身も、この無意味な殺し合いには辟易していた。あの鶏と戦略家の魔術師の不在が、彼らの士気に重くのしかかっていた。
「おい、おい、おい! お前たち二人! 悠長におしゃべりしている場合か、今は戦争の真っ只中だぞ!」
血まみれの鎧をまとったテンコが、突如彼らの前に現れて怒鳴りつけた。
「は、はい、隊長!」ルシアンが答える。
タルは奥歯を噛み締め、無言を貫いた。彼女はきびすを返し、新たな敵の波に立ち向かうべく、戦場の反対側へと駆け出していった。
夜の帳が下りると、ようやく戦闘は収まった。静かな休戦状態に入り、誰もが束の間の休息を取ることができた。
「タル?」
「何、ルシアン」
彼は少し悲しそうな顔で、彼女をじっと見つめた。
「……」
「あ……うん、ごめんね、ルル」
「いいんだ。ただ、フルネームで呼ばれることに慣れてなくてさ。少し驚いただけだよ」
「ごめんね」彼女は目を伏せて繰り返した。
ルシアンは彼女の隣に座り、大きな水筒を差し出した。
「ほら。君に。能力を使うのに必要だろう?」
少女の瞳に、優しい光が宿った。一瞬、彼女は自分がなぜこの思いやりのある騎士に恋をしたのか、はっきりと思い出したかのようだった。
「ああ……ありがとう、ルル。怪我を治すために水を飲まなきゃいけないこと、すっかり忘れてた」
「俺がいてよかったな」彼は優しく微笑んだ。
タルは彼の肩に頭を預けた。
「本当にありがとう、私の愛しい人」
「そこの二人!」低い声が響いた。「明日、新たな作戦を実行するぞ」
二人はビクッとして見上げると、暗闇の中にテンコ隊長が立っていた。
「何ですか?」ルシアンが尋ねる。
「我々でテツヤを包囲する。奴を仲間から引き離し、孤立させるのが狙いだ」
「なるほど……悪くないですね」ルシアンは思考を巡らせた。「十分に可能なはずです」
「ルルがそう言うなら、絶対にできる」タルも同意し、少しだけ決意を取り戻した。
テンコは迂回作戦の詳細を説明し終えた。
「よし。そういうわけで、しっかり休んでおけ。ではまた明日」
「おやすみなさい、隊長」
疲労が不安を上回り、ルシアンとタルはやがて深い眠りへと落ちていった。
午前6時23分。
鼻をつく、息苦しいほどの焦げた匂いがルシアンの鼻腔をくすぐった。
彼は目を開け、弾かれたように飛び起きた。目の前に広がっていたのは、まさに悪夢のような光景だった。天幕は炎に呑まれ、黒焦げの死体が地面に転がっている。朝の空気を引き裂くような悲鳴が響き渡り、濃い黒煙が陣営全体を覆い尽くしていた。だが何よりも……彼の隣にあったはずの簡易ベッドがもぬけの殻だった。
「タル! タル! タル!!! どこだ!? タル!」
彼はパニックに陥り、右へ左へと走り回った。どこを見渡しても、死体と血だまりしか目に入らない。これはもう戦争などではない、ただの屠殺場だ。
突如、煙の中を走る巨大な人影が目に入った。
「あああっ! ゴウ!」
ルシアンはオーガの少年めがけて突進した。怒りと混乱でその表情は歪んでいた。
「お前たち、何をしたんだ!? これは一体どういうことだ!? 何で全部燃えてるんだよ!?」
「ぼ、僕にも分かんないよ!!」ゴウも負けじと叫び返した。恐怖に目を極限まで見開いている。「僕も今起きたばかりなんだ、そしたらもう全部燃えてて……!」
「なんだって!? そっちの陣営もか!?」
「そうだよ! テツヤを探してるんだ、天幕から消えちゃって!」
「くそっ! 俺はタルを探してるんだ、あいつも消えた!」
かつて共に旅をした二人は、戦慄の表情で顔を見合わせた。もうステラもドヴも関係ない。共通の敵が彼らを襲ったのだ。
「探しに行かなきゃ」ゴウが即座に決断する。
「ああ、付いてこい!」
ルシアンとゴウは地獄と化した陣営の中を全速力で駆け抜け、崩れ落ちる天幕や、逃げ惑うわずかな生存者たちを避けて進んだ。視界に入るのは死と荒廃ばかり。その時、オーガが太い指で陣営の外れを指差した。
「あっ! あそこを見て!」
ルシアンは目を丸くした。数十メートルほど先に、見覚えのある三つのシルエットが立っていた。
「な、なんだ……テンコ隊長に、タル、それにテツヤ!? あんな所で三人して突っ立って、何してるんだ?」
「分かんないけど、合流しなきゃ!」
二人はペースを上げ、三人の背後へと勢いよく駆け寄った。
「タル!」
「え? ルル、ここで何してるの?」少女がビクッと肩を揺らした。
「いや、君こそ何してるんだよ!?」ルシアンが言い返す。
「……あれを見て」彼女は震える声で呟いた。
「……何だ、あれは?」ゴウが息を呑む。
ルシアンは、三人が釘付けになっている対象へとゆっくり首を向けた。腐敗と焼けた肉の放つ吐き気を催すような悪臭に、胃がひっくり返りそうになる。
彼らの前に立っていたのは、あらゆる常識を逸脱した存在だった。単純な言葉では到底言い表せないほどの、おぞましい怪物。複数の人間が溶け合い、一つに融合したうごめく異形。苦痛に叫ぶ無数の顔と手足が寄り集まった肉塊。それはまるで、無惨な失敗に終わった、おぞましき人体実験の成れの果てだった……。




