第21章 ― 俺はニワトリでも人間でもない……俺はツバサ・サクラだ!!!
— もう諦めるのか?
ツバサはゆっくりと目を開けた。
そこに広がっていたのは、真っ白な世界だった。空も地面も境界もない。ただ無限の空白だけが存在している。
その前に立っていたのは――
自分自身だった。
ニワトリの姿ではない。
かつての人間の姿。
死ぬ前の、自分。
同じ髪。
同じ目。
同じ顔。
まるで鏡を見ているようだった。
— お前は……誰だ?
少年は静かに笑った。
— 俺はお前だ。
そして胸に手を当てる。
— いや、正確には……お前が心の奥に押し込めた願いだ。人間に戻りたいという願い。
ツバサは即座に首を振る。
— そんなわけない……俺はニワトリになったことを後悔してない。今の生活は平和だ。
分身は笑った。
— 嘘をつくな。
笑みが消える。
— 俺はお前だ。世界には誤魔化せても……俺には無理だ。
ツバサは目を伏せる。
— 気持ちは分かってる……もう6ヶ月もここで生きてる。後悔なんてしてない。
— 本当にそうか?
分身が一歩近づく。
— お前は知ってるはずだ。
— フェニックスの祝福を受けたと知った時。
— 七つの大罪と戦った時。
— 新しい人生が、もう平穏じゃないと気づいた時。
視線が突き刺さる。
— 一度も後悔しなかったのか?
沈黙。
そしてツバサは息を吐いた。
— ……ある。
拳を握る。
— なんでこんな目に遭うんだって思ったことはある。
分身は小さく笑った。
— ほらな。
— でも、それは一瞬だけだ!
— そうか?
視線が変わる。
— じゃあ、昔の人生の話をしよう。
ツバサの胸が締め付けられる。
— お前はここに来てから……
分身は静かに言った。
— 一度でも両親のことを思い出したか?
……
答えはない。
— 一度でも?
……
沈黙。
— 死んだ後、どうなったか気にならなかったのか?
ツバサは固まる。
答えは分かっていた。
一度も――思い出していない。
分身はため息をつく。
— ほらな。
— …
— 俺の勝ちだ。
ツバサ(ニワトリ)は歯を食いしばる。
— ああ。
声が震える。
— その通りだ。
— 思い出してない。
ゆっくりと顔を上げる。
— 一度も。
分身が続ける。
— それでも俺たちは努力した。
— 学年でも優秀だった。
— 卒業もした。
— なのに?
拳を握る。
— あいつらは気にしてなかった。
ツバサ(ニワトリ)は眉をひそめる。
— そんなことない!
— 本当にそうか?
— 母さんが道具を買ってくれたのは?
— ちゃんと成長してほしかったからだ!
— 誕生日は?
— 祝ってくれた!
ツバサ(ニワトリ)は苦笑する。
— 誕生日?
目が潤む。
— あれを“祝う”って言うのか?
声が震える。
— ケーキひとつ。
— 疲れた両親。
— それだけだ。
うつむく。
— 毎年、日付を覚えてたのは誰だと思う?
……
— 兄貴だけだ。
ツバサ(人間)がゆっくりと目を開ける。
— 兄貴がいなかったら……
ツバサ(ニワトリ)は涙を拭う。
— 忘れてたかもしれない。
沈黙。
ツバサ(ニワトリ)は近づく。
そしてもう一人の自分を見つめる。
静かに笑った。
— でも分かる。
— 両親を守りたい気持ちも。
分身が顔を上げる。
— お前をクズとは言えない。
肩に手を置く。
— それは俺自身を否定することになる。
分身の目が見開かれる。
— お前は俺の一部だ。
— 傷も。
— 後悔も。
— 恐怖も。
首を振る。
— でも、それは過去の俺でもある。
そして微笑む。
— ありがとう。
分身は沈黙した。
やがて小さく笑う。
— そうか……
— それを聞きたかったんだな。
その瞬間――
白い世界に赤い光が差し込む。
温かい熱が満ちる。
巨大な翼を持つ影が現れた。
フェニックス。
炎が穏やかに揺れている。
ツバサは息を呑む。
— お前……
— あなたは……
フェニックスは優しく笑う。
— こんにちは、ツバサ。
そして分身を見る。
— こんにちは……ツバサ。
沈黙。
フェニックスが口を開く。
— ホーネンギョは……
今の彼の苦しみは……
私にも原因がある。
ツバサは腕を組む。
— 正直……
あいつの性格見てると……
まあ納得だな。
フェニックスはうつむく。
— 私は間違えた。
— そのせいで、一人の子どもを孤独にした。
顔を上げる。
— だからその過ちを……
私の代わりに正してほしい。
ツバサはため息をつく。
— マジでさ……
頭をかく。
— あんた、だいぶ図々しいぞ。
フェニックスは首を傾ける。
ツバサは続ける。
— 自分でやらかして……
他人に後始末頼むのかよ。
ため息。
— ほんと不公平だ。
フェニックスは何も言わない。
そしてツバサは笑う。
— ……でも、俺が断らないのも分かってるだろ。
フェニックスは小さく微笑む。
— ああ。
— お前は別の世界から来た存在でも……
私はお前を知っている。
翼を広げる。
— 近づけ。
二人のツバサが前に出る。
フェニックスはそれぞれに翼を置く。
— 長い間……
— お前は選ぼうとしていた。
人間のツバサを見る。
— 昔の自分と……
ニワトリのツバサを見る。
— 今の自分。
首を振る。
— だが、どちらも偽物ではない。
— お前は一人だ。
二人のツバサは手を伸ばす。
触れ合う。
光が弾ける。
フェニックスが翼を広げる。
— 人間。
— ニワトリ。
— そしてフェニックス。
声が響く。
— ひとつになれば……
— もっと強くなる。
巨大な光が世界を貫いた。
現実世界――
ツバサの体が燃え始める。
しかしそれは炎ではない。
赤と金の光。
ホーネンギョが後ずさる。
— な……何だ……
炎が消える。
そこに現れたのは――
まだニワトリ。
だが、違う。
巨大で、威厳のある存在。
翼には炎が揺れている。
目に新たな意志が宿る。
ツバサはゆっくりと顔を上げた。
そして笑う。
— 違う。
風が吹く。
— 俺はお前が知ってるフェニックスじゃない。
一歩。
— 俺はニワトリじゃない。
二歩。
— 俺は人間でもない。
胸に手を当てる。
炎が天へ昇る。
そして叫ぶ。
— 俺はツバサ・サクラだ!!!




