第16話 ― 邪悪なる水の精霊
「ツバサ! やっと見つけたぞ! どこへ行っていたんだ!?」
キックが怒鳴った。
「ご、ごめん……道に迷っちゃって……」
すると彼は、ゴーとその背中にいる小さな男の子に気づいた。
「……それで、その二人は誰だ?」
「テツヤ! この人たちはゴーとゴヤだよ! 昨日の夜、君が僕を見失った時に助けてくれたんだ!」
テツヤは頭をかいた。
「あはは……悪かった。お前、小さいから見失っちゃったんだ。」
「ありがとう、すごく嬉しいよ……。」
ツバサは翼を組んだ。
だが、キックの表情は再び真剣になる。
「……雑談はここまでだ。見てくれ。」
彼が戦場を指差した。
ツバサの笑顔が消える。
地面は荒れ果てていた。
木々は根こそぎ倒され、
水で満たされた巨大な穴が至るところにできている。
折れた剣や盾が泥の中に転がっていた。
遠くでは、多くの負傷兵が治療を受けている。
そして……
白い布をかけられた遺体もあった。
「お前がいない間に……多くの兵士を失った。五百人以上いた軍は、今では……百五十人ほどしか残っていない。」
「……え?」
ツバサの腹がきゅっと締め付けられる。
嘘だろ……
三百五十人も……
死んだのか?
テツヤは俯いた。
「俺のせいだ……」
「いや。」
キックが首を振る。
「お前のせいじゃない。彼らが話を聞かず、無謀に突っ込んでいっただけだ。」
重い沈黙が流れる。
そしてツバサは、怪物へと視線を向けた。
その瞬間――
彼は固まった。
巨大な魔獣を想像していた。
だが、そこにいたのは……
ほとんど人間のような姿をした存在だった。
青白い肌。
水の中にいるかのように揺れる長い白髪。
体の一部を覆う鱗。
背後で揺れる長い魚の尾。
そして……
戦場の中にいるとは思えないほど、多くの金の装飾品を身につけていた。
腕輪。
首飾り。
耳飾り。
まるで王のように。
「彼の名は……ホウネンギョ。」
テツヤが静かに言う。
「湖の精霊……水の精霊だ。」
ツバサは瞬きをした。
「うわぁ……全然遠慮してないね。僕よりアクセサリー多いじゃん。僕なんて神獣の祝福持ちなのに!」
彼はテツヤを見た。
「君については……もう何も言わない。」
「え?」
ゴーが前へ出る。
「よし。俺の役目はツバサをここまで連れてくることだった。俺は帰るよ。」
「本当にありがとう、ゴー。」
テツヤが礼を言った。
その時だった。
――気配。
ホウネンギョが、いつの間にか目の前に立っていた。
誰一人、動いた瞬間を見ていない。
全員が一歩後ろへ下がる。
怪物は笑った。
その歯は長く、黄色く、鋭い。
見ているだけで寒気がする笑み。
「ほう……人間が二人……鶏が一羽……そして鬼が二人……ククク……面白い……実に面白い……。」
尾が空を切る。
ドォォン!!
地面が爆発した。
テツヤはゴーを抱えて回避する。
キックは土の石弾を放つ。
しかしホウネンギョは、わずかに首を傾けただけだった。
石は彼の横を通り過ぎる。
避けようとすらしていない。
「うわぁ……。」
ツバサが震える。
「あの歯、すごく怖い……。僕の羽を全部むしり取られそう。」
ホウネンギョが彼を見る。
じっと。
長い間。
そして、さらに深く笑った。
「なぁ……小さな鶏よ……。」
「……っ!」
「お前は……動物のくせによく喋るな。」
ツバサは震えた。
足も。
翼も。
怖かった。
とても怖かった。
だが彼は振り返る。
負傷した兵士たち。
ゴーとゴヤ。
そしてテツヤを見た。
深く息を吸う。
「ぼ、僕は……ツバサ……アリシア王国の見習い騎士……そして……フェニックスの祝福を持ってる!」
――その瞬間。
ホウネンギョの笑みが消えた。
完全に。
彼は動かない。
「……フェニックス……?」
頭を下げる。
「フェニックス……」
声が変わっていく。
「フェニックス……」
両手が震え始める。
「フェ……ニックス……」
そして――
「フェニィィィィックス!!」
轟音と共に、巨大な水の波が爆発した。
ドゴォォォン!!
全員が吹き飛ばされる。
「うわぁぁ!?」
「ツバサ!!」
キックが叫ぶ。
ホウネンギョは荒い息を吐いていた。
「なぜ……その名が……まだ存在する……?」
彼は顔を上げる。
その目は、完全に狂気に染まっていた。
「私は……その名が……大嫌いだ……。」
ツバサは身震いした。
何が起きている?
なぜ、フェニックスを憎んでいるんだ?
「今だ!」
キックが叫ぶ。
ツバサはすぐに理解した。
走り出す。
テツヤも剣を抜き、突進する。
だが――
ホウネンギョは、ただ手を上げた。
巨大な水の球体が彼の周囲に現れる。
二人の攻撃は防がれた。
さらに二つの水球が飛び出し、
ツバサとテツヤの頭を包み込んだ。
「むぐっ!?」
「ぐっ……!」
閉じ込められた。
息ができない。
ツバサは慌てる。
水が嘴の中へ入ってくる。
視界がぼやけていく。
遠くから声が聞こえた。
「ニワトリくん!!」
ゴーは急いでゴヤをキックの近くへ降ろした。
「騎士さん! 手を貸してください!」
「私は騎士じゃなくて魔法使いだが……いいだろう!」
ゴーは作戦を説明する。
キックが微笑んだ。
「なるほど。」
ゴーが前へ出る。
「雷の精霊よ……我がもとへ!」
光が溢れた。
彼の体が変化する。
豹の耳。
光り輝く尾。
巨大な腕には雷が走る。
空気がバチバチと音を立てた。
水の中に閉じ込められていたテツヤが目を見開く。
「……精霊融合……!」
ゴーは構える。
「水は……雷に弱い。」
キックも手を上げた。
巨大な雷の球が現れる。
「これ……二人とも生き残れますよね?」
ゴーが不安そうに尋ねた。
「ああ。」
キックは頷く。
「彼らは神に祝福された者たちだ。」
ゴーは深く息を吸った。
「……分かりました。信じます。」
二人は同時に走り出す。
ホウネンギョはそれを見つめ……
笑った。
「来るがいい……。」
その目が青く輝く。
すると――
背後の湖が動き始めた。
まるで世界中の水が、彼の呼び声に応えているかのように。
そして……
初めて。
キックの頬を、一筋の汗が流れ落ちた。
「……どうやら……私たちは、とんでもないものを相手にしているらしいな。」




