第15話 ― 内なる精霊魔法
「お父さん! 特別なお客さんを連れてきたよ!」
「おや? 誰だい?」
灰色の髪をした男性が家から出てきた。
そしてルシアンの姿を見た瞬間、その顔がぱっと明るくなった。
「おおおっ! ルシアンじゃないか! 私の大好きな教え子よ! 本当に久しぶりだな!」
彼は近づき、ルシアンの背中を勢いよく叩いた。
「大きくなったなぁ! 立派な青年になった! それで、最近はどうしているんだ?」
ルシアンは微笑んだ。
「元気です、先生。今は王国で認められた騎士になりました……それに精霊騎士にもなれました。」
「おお! それは素晴らしい! 君の精霊魔法の成長を見るのが楽しみだ!」
しかし、ルシアンの笑顔が消える。
「先生……」
「ん?」
「俺は……精霊魔法を失いました。」
その場に沈黙が落ちた。
タルでさえ笑顔を消した。
「七つの大罪の一人……『傲慢』と戦ったんです。そして……全部奪われました。」
J先生は数秒間、動かなかった。
「……七つの大罪だと?」
「はい。」
「詳しく話してくれ。」
ルシアンは、ツバサとの出会い、戦い、敗北、そして精霊を失ったことをすべて話した。
話を聞き終えると、先生は長いため息をついた。
「なるほど……だからあの手紙が届いたのか。」
「手紙ですか?」
「そうだ。君が来る前に、アリシア王国から連絡を受けていた。」
タルが頷く。
「私は何も知らなかったけどね。ルルが来るって聞いて、お買い物に行ってただけ。」
先生は腕を組んだ。
「残念だが、精霊を失った今、君の訓練は子供の頃とは違うものになる。」
「分かっています。でも……俺は何でもやるつもりです。」
悪魔は真剣な目で彼を見つめた。
「再び私が君の師となるなら……また『J先生』と呼びなさい。」
ルシアンは姿勢を正した。
「はい、J先生!」
悪魔は満足そうに微笑んだ。
「よし。基礎はもう必要ない。次の段階へ進もう。」
彼は棒を取り、地面に円を描いた。
「精霊魔法にはいくつかの使い方がある。我々悪魔は、精霊との融合を最も重視している。」
「覚えています。」
「だが君は、離れた場所から精霊の力を借りていた。非常に優れた方法だ……しかし、融合よりも力は劣る。」
ルシアンは考え込む。
「もし俺に悪魔の体の一部があれば……力を取り戻せますか?」
先生は呆然とした。
「……何を言い出すんだ?」
「腕を切って……悪魔の腕と交換するとか……。」
「騎士らしくない発想だ!」
タルが吹き出した。
先生はため息をつく。
「アリシア王国は君に自由を与えすぎたな。」
ルシアンは視線を落とした。
「すみません……ただ、精霊たちは家族みたいな存在だったんです。」
J先生の表情が和らぐ。
「分かっている。」
彼はルシアンの肩に手を置いた。
「だが、新しい絆を作ることはできる。」
少し間を置いてから、彼は尋ねた。
「この半年の間に……新しい友達はできなかったのか?」
ルシアンは黙り込んだ。
ツバサ。
キック。
国王。
一緒に過ごした時間。
喧嘩。
笑い合った日々。
小さな笑みが浮かぶ。
先生も微笑んだ。
「その笑顔だ。」
「……」
「その気持ちを大切にしなさい。」
ルシアンは顔を上げた。
「はい、先生。」
その時、タルがお茶を持ってきた。
「お茶の時間だよ!」
「もうか!?」
先生は驚きながらカップを受け取る。
「さて……話を戻そう。君は属性魔法を使えるか?」
「あまり……。今までは剣と精霊に頼っていました。」
「そうか。」
先生は一口飲んだ。
「ならば、人工精霊を教えることもできる。」
「人工精霊?」
「最近の発明だ。ステラ王国との共同研究で生まれたものだよ。」
彼は説明を続ける。
「非悪魔でも精霊融合に近い力を使える。しかし、持続時間は五分だけだ。まだ試作品だから制限も多い。」
ルシアンは考えた。
「面白いです。でも……代わりの力は欲しくありません。」
先生は笑った。
「そう言うと思っていた。」
彼はカップを置く。
「ならば、別の技を教えよう。」
ルシアンの目が大きくなる。
「何ですか?」
「内なる精霊魔法だ。」
「それは……?」
「お前自身の力だ。精霊の力ではない。」
先生はルシアンの胸を指した。
「その力で身体能力や速度、防御力を高めることができる。」
「すごい……!」
「だが、習得は簡単ではない。」
タルが手を挙げた。
「私がお手本を見せる!」
彼女は立ち上がった。
「私は風と水の魔法を使えるんだ。」
「そうなのか?」
タルは誇らしげに笑う。
「実は私、他の悪魔とは少し違うの。」
彼女は胸に手を当てた。
「私は『聖水の祝福』を受けているの。」
ルシアンは瞬きをした。
「聞いたことがない。」
「珍しい祝福だからね。」
彼女は微笑む。
「ルルの風の祝福は、空気の流れや気配を感じられる。」
「うん。」
「でも私は違う。聖水の祝福のおかげで、私の身体は水と完全に調和しているの。」
彼女は水筒を取り出して飲んだ。
「怪我をしても、水を飲めばすぐ回復できる。」
「本当に?!」
「それだけじゃないよ。」
彼女は手を差し出した。
「体の一部を水に変えたり、再生したりもできる。」
「すごい……!」
タルは笑った。
「でも弱点もある。」
「弱点?」
「たくさん水を飲まないといけないの。脱水状態になると、一気に弱くなる。」
J先生は頷いた。
「どんな祝福にも長所と短所がある。」
ルシアンは感心したように彼女を見つめた。
「正直……すごくかっこいい。」
タルの頬が少し赤くなる。
「……ありがとう。」
彼女は大きく笑った。
「さあ! 庭へ行こう! 私が強いってことを見せてあげる!」
⸻
数分後。
三人は庭に立っていた。
赤い夕日が空を染めている。
先生が二人の間に立つ。
「先に相手に触れた方の勝ちだ。怪我は禁止。」
「はい!」
「分かりました!」
すると突然、タルが手を挙げた。
「あ、待って。」
彼女は上着を脱ぎ始めた。
「うわぁぁ!? タル!」
ルシアンは慌てて目を隠す。
「な、何をしてるんだ!?」
「上着を脱いだだけだよ? 下は運動着!」
「あ……。」
ルシアンの顔が真っ赤になる。
先生は大笑いした。
「では、始め!」
タルは即座に氷の剣を作り出した。
「すごい……。」
彼女が駆け出す。
キィン!
剣がぶつかり合う。
ルシアンは風の祝福で姿を消し、彼女の背後へ回った。
攻撃を放つ。
しかし――
バシャッ!
拳は彼女の体を通り抜けた。
「えっ!?」
彼女の体は水になっていた。
すぐに元へ戻る。
「これも内なる精霊魔法だよ。」
彼女は彼の肩を軽く叩いた。
「はい、私の勝ち。」
先生が手を上げた。
「タルの勝利!」
ルシアンは呆然としていた。
「すごかった……。」
タルは得意げに笑う。
「半魔を甘く見ないでね。」
先生はルシアンを見る。
「次はお前だ。」
「俺?」
「内なる精霊魔法を使ってみろ。」
ルシアンは目を閉じた。
集中する。
何も起こらない。
もう一度。
それでも何もない。
さらにもう一度。
やはり何も起こらない。
一時間が過ぎた。
何も起こらない。
「どうして……?」
彼は拳を握りしめた。
「どうしてできないんだ!?」
地面を殴る。
「精霊を失って……今度は新しい力まで覚えられないのか……!」
沈黙。
先生が近づく。
「お前は最初から同じ間違いをしている。」
「間違い……?」
「お前は精霊を探している。」
ルシアンは顔を上げた。
先生は彼の胸に手を置く。
「この力は精霊のものじゃない。」
「……」
「お前自身の力だ。」
悪魔は優しく微笑んだ。
「失ったものを探すのはやめろ。」
「……」
「今のお前が何になったのかを見つけろ。」
ルシアンは再び目を閉じた。
ツバサ。
キック。
国王。
タル。
自分を信じてくれる人たち。
その時――
ふわり、と優しい風が吹いた。
彼の髪が静かに揺れる。
先生は微笑んだ。
タルは目を見開く。
「お父さん……」
「ああ。」
先生はルシアンを見つめる。
「この子は今……最初の一歩を踏み出した。」
そして――
『傲慢』との戦いで敗北して以来、初めて。
ルシアンは、自分の中に新しい力が生まれたことを感じた。




