第11章 ― 悪魔の国での修行
ルシアンが精霊魔法を失ってから、すでに二日が経っていた。
完全に消えたわけではない。だが、彼の呼びかけに精霊は応じない。
その結果、彼は騎士としての階級を引き下げられていた。
一方の僕は、何も変わっていない。
ただの見習い騎士のままだ。
正直なところ……彼のことが心配だった。
自分の力の根源を失うということが、どれほどのことなのか。
想像するだけで息が詰まる。
⸻
ルシアンはベッドに横たわり、天井を見つめていた。
やがて静かに口を開く。
— ……もし、お前から「お前自身」を形作るものを奪われたら、どうする?
僕はすぐに理解した。
— 俺なら壊れると思う。
多分、普通に落ち込む。
(もしこの世界での生活が全部なくなったら……それどころか、この“ニワトリ”であることすら失ったら、耐えられる気がしない)
ルシアンがこちらを見る。
— 落ち込む?それは何だ?
— えっと……
(この言葉、こっちにはないのか?)
— 何もやる気が出なくなって、最悪は生きる気力まで失う状態だ。
ルシアンはしばらく黙った。
— ……なるほどな。
再び天井に視線を戻す。
— だが安心しろ。俺はそこまでではない。
拳を軽く握る。
— 失ったとはいえ……取り戻す手段はある。
僕は顔を上げた。
— 本当に?
— ああ。
本来、精霊魔法は“悪魔族”が最も得意とする領域だ。
彼らのもとで再修行を受ければいい。
— それはいいじゃん!
— そう簡単じゃない。
同じ段階の訓練を受けるには、五年の間隔が必要だ。
僕は固まった。
— 五年!?
つまり……五歳から始めてるのか?
— そうだ。
そして今年が最終試験のはずだった。
— うわ……
僕はしばらく考え込んだあと、翼を上げた。
— じゃあさ、僕も精霊魔法って習える?
ルシアンは即答した。
— 絶対に無理だ。
— えぇ!?
— お前はまだ基礎魔力すら安定していない。
今の状態で精霊界に触れたら、世界と精霊界を繋ぐ“門”を壊しかねない。
— そんな危険なの!?
— 通常はな。
だが、お前のような強い加護を持つ存在なら別だ。
— あ……
僕は翼を下げた。
— 七つの大罪は?
彼らならできるのか?
ルシアンは首を振る。
— 理論上は違う。
世界を創ったのは“七聖獣”だ。
だから本質的に創造と破壊の権限を持つのは彼らだけだ。
— なるほど……
沈黙。
やがてルシアンは立ち上がった。
— さて、話は終わりだ。
王に会いに行く。
— 俺も行く。
— 好きにしろ。
⸻
王城へ到着すると、キックが待っていた。
— おはようございます。
ちょうど陛下がお待ちです。
僕らは顔を見合わせる。
— え?
キックは微笑んだ。
— 特にルシアン殿を、とのことですよ。
ルシアンは小さく頷いた。
— ちょうどいい。俺も話がある。
⸻
謁見の間。
王はすでに玉座に座っていた。
キックが横に控える。
僕とルシアンは膝をつく。
王が手を上げた。
— 立て。
僕らは従う。
王は穏やかな視線でルシアンを見た。
— 精霊魔法を失ったこと、気に病む必要はない。
だが、準備はしている。
— 新たな修行先だ。
ルシアンは顔を上げた。
— ……まさか。
— 悪魔の国だ。
その瞬間、彼の瞳が揺れた。
王は続ける。
— 幼い頃は送れなかったが、今なら可能だ。
現地で師を得るといい。
ルシアンは言葉を失った。
やがて小さく息を吐く。
その目に、わずかな涙が滲む。
僕は背中を軽くつついた。
— 泣いていいよ。
こういう時くらいさ。
彼の頬に涙が落ちた。
⸻
キックが前に出る。
— 私も同行します。
— 案内役として。
僕は手を上げた。
— え、僕も?
王は頷く。
— ああ。
悪魔界では異変が起きている。
強力な精霊が肉体に憑依し、暴走している。
山を荒らし、魔獣を殺し、旅人を襲っている。
僕は瞬きをした。
— あー……なるほど。
王は続ける。
— すでにテツヤを派遣している。
現地で合流せよ。
僕は笑った。
— じゃあ安心だね!
王は小さく頷く。
— そう願っている。
そして一言。
— なお、ルシアンが君の同行を希望した。
僕は振り向く。
— え?君が?
ルシアンは目を逸らした。
— 勘違いするな。
お前が役に立つと思っただけだ。
(完全に照れてるやつだ)
⸻
そして出発の日。
キックは手を叩いた。
— では出発します。
悪魔界まで五日です。
⸻
準備完了。
ルシアンとキックはすでに馬の前にいた。
僕は――遅刻していた。
— 予想通りだな。
ルシアンが呟く。
キックは笑う。
— 本当に仲が良いですね。
ルシアンは即座に否定した。
— ただの同僚だ。
それだけだ。
— へぇ?
昨夜の会話は友人そのものでしたが。
— キック先生!!
その時、僕が巨大な荷物を抱えて到着した。
— それは?
— 食料。
— は?
— 料理長に全部作らせた。
五日以上あるんだぞ!
キックは笑う。
— 君らしいですね。
でも安心してください。
悪魔界のバーガーは美味しいですよ。
僕の目が輝いた。
— マジで!?
ルシアンの心の声が聞こえる気がした。
(こいつは本当に空気を読まない)
キックが馬に乗る。
— では行きましょう。
こうして三人は旅立った。
新たな戦いの地へ。
そして悪魔界ではすでに――
彼らを待つ影が動き始めていた。
第11章 ― 悪魔の国での修行 完




