第10章 ― 僕にとって大切なものを失った日
— お前……!
— 殺してやる、この野郎!!
『傲慢』はテツヤを指差し、怒りを露わにした。
— あれだけのことをしておいて、よくもそんな顔で戻ってこられたな!!
仮面の男はわずかに首を傾げる。
そして、テツヤは肩をすくめた。
— うーん……。
— でも残念だな。
— お前が挑んだ相手は、俺じゃない。
彼は穏やかな口調のまま続ける。
— 騎士として、決闘のルールは守る主義なんだ。
— だから俺は手を出さない。
— これは、お前とルシアンの戦いだ。
『傲慢』は歯を食いしばった。
— 騎士の名誉だと?
— そんなもの知るか!
その声には、今までにない怒りが込められていた。
— 人間なんて、いつ死ぬかも分からない存在だ!
— ルールを守ろうが守るまいが、何も変わらない!!
しばらくの沈黙。
やがて――
— アハハハハハハ!!
『傲慢』は突然笑い出した。
その時、キックが静かに尋ねる。
— ……あなたは、人間のことを随分と知っているようですね。
『傲慢』は仮面に手を添えた。
— 我らが彷徨う魂となってから……
— ずっと見てきたからな。
— 器を選ばねばならない。
— 強くて、使いやすくて……面白い器を。
その時、ルシアンが一歩前に出た。
— 俺を忘れるな。
彼は新たな剣を抜く。
— せっかくだ。
— この剣を試してみたい。
『傲慢』がゆっくりと振り向く。
— ……ほう?
そして、大笑いした。
— アハハハハハ!!
— そうだった、お前がいたな!
彼は巨大な刀を持ち上げる。
ドォン!!
地面が大きく揺れた。
— 今日の私は、鞘を抜かない。
彼は背後の町をちらりと見る。
— 抜けば……
— この町が消し飛ぶかもしれないからな。
僕は思わず唾を飲み込んだ。
(本当に……化け物だ。)
その瞬間、ルシアンが駆け出す。
『傲慢』が拳を振り上げる。
だが――
ルシアンの姿が消えた。
背後へ。
さらに横へ。
そして再び背後へ。
一度。
二度。
三度。
キィン!!
三つの斬撃が『傲慢』を切り裂く。
次の瞬間――
ボォォォン!!
爆炎が巻き起こった。
僕は目を見開く。
— えっ!?
— 今、何をしたの!?
キックが感心したように微笑む。
— 火の精霊を三体。
— 相手の体内に配置して、同時に爆発させたんですよ。
— 実に賢い使い方です。
— おお……。
煙が晴れていく。
しかし――
『傲慢』はそこに立っていた。
少し焦げているだけで。
そして、また笑う。
— アハハハハハ!!
— 最高だ!!
彼は足を踏み鳴らした。
バキィッ!!
無数の岩が地面から飛び出す。
さらに、それを拳で殴り飛ばした。
砲弾のような速度で、岩が迫る。
ルシアンは手を掲げた。
— 大地の精霊よ!
岩が集まり、巨大な壁を形成する。
ドォォン!!
だが。
『傲慢』は、それを蹴り一発で粉砕した。
僕は口を開けたまま固まる。
— 嘘でしょ……?
その時。
『傲慢』が手を伸ばした。
— なかなかいいものを持っているな。
— ならば……貰おう。
次の瞬間――
彼の体が崩れた。
紫色の球体となり、一直線にルシアンへ向かう。
テツヤの表情が変わった。
— まずい!
だが、遅かった。
球体はルシアンの体を通り抜ける。
数秒。
世界が止まったかのような静寂。
そして球体は再び『傲慢』のもとへ戻った。
— アハハハハハ!!
ルシアンがよろめく。
— ……何だ……?
彼は自分の手を見つめた。
— どうして……
— こんなに、空っぽなんだ……?
『傲慢』は愉快そうに笑う。
— 簡単なことだ。
彼は一本の指を立てた。
— お前の精霊を盗んだ。
沈黙。
— 大地の精霊。
— 風の精霊。
— 氷の精霊。
そして、笑う。
— 加護も欲しかったが……
— それだけは奪えなかった。
ルシアンは歯を食いしばった。
— ……化け物め。
彼は剣を構える。
— まずは、その仮面を叩き割ってやる!
その瞬間――
僕の血の気が引いた。
『決して、あの仮面を外してはいけない。』
神の言葉が蘇る。
— ダメ!!
全員がこちらを見る。
— ルシアン!
— 絶対に仮面に触っちゃダメだ!!
『傲慢』がゆっくりと僕を見る。
— ……ほう。
声が低くなる。
— 小さなニワトリよ。
— お前は……何を知っている?
僕は思わず息をのんだ。
怖い。
本能がそう告げていた。
しかし――
ルシアンは静かに剣を下ろした。
— ツバサがやめろと言うなら……
— 俺はやらない。
沈黙。
そして――
『傲慢』は再び笑った。
— アハハハハハ!!
— 面白い!!
次の瞬間、彼が僕へ突っ込んでくる。
— ならば最初にお前を殺してやろう!!
しかし。
僕の前に、一つの影が立った。
テツヤだった。
彼は片手で、その一撃を受け止めている。
— 忘れてないか?
その声は、どこまでも静かだった。
— お前の相手は、ここにいる。
『傲慢』は歯ぎしりをする。
やがて、小さく息を吐いた。
— ……興が削がれたな。
彼は刀を肩に担ぐ。
そして、僕たちを順番に指差した。
— お前。
テツヤ。
— お前。
ルシアン。
そして――
— お前だ、小さなニワトリ。
僕はごくりと唾を飲む。
彼の声が冷たくなった。
— 次に会った時……
— 必ず全員、壊してやる。
その姿が煙へと変わり、消えていった。
静寂が戻る。
僕は大きく息を吐いた。
— し、死ぬかと思った……。
するとテツヤが笑う。
— 俺がいる限り、そんなことにはならないさ。
僕は彼を見上げた。
— ……ありがとう。
彼は優しく僕の頭に手を置く。
— だって俺は――
— お前の兄貴だからな。
僕は笑った。
— 加護の兄弟だけどね!
— それでも兄弟だろ?
彼は声を上げて笑った。
その時。
キックがわざとらしく咳払いをした。
— ゴホン。
— まだ私たちがいることを忘れないでください。
僕は振り返る。
……少しだけ機嫌が悪そうだ。
— とりあえず、王への報告が先です。
そしてルシアンを見る。
— それと……その神器も登録しないといけませんね。
ルシアンは視線を落とした。
— ……分かっている。
キックは小さく息を吐く。
— 三つの道を極めるまで、神器は使えません。
— 剣。
— 魔法。
— そして精霊。
ルシアンは黙っていた。
やがて剣を差し出す。
— ……理解した。
キックはそれを受け取った。
— 準備が整ったら返します。
テツヤが頭をかいた。
— 悪い。
— 神器の話をしすぎたかな。
キックはじっと彼を見る。
— 今後は控えてください。
— はは……善処する。
⸻
その夜。
僕たちは王国へ戻っていた。
報告を終え、
神器を封印し、
そしてルシアンの家へ帰ってきた。
シャワーを浴びて、
部屋へ戻る。
僕はすぐに眠ってしまった。
まるで、本物のニワトリみたいに。
けれど――
ルシアンだけは起きていた。
ベッドの端に座り、
じっと自分の手を見つめている。
やがて、指を一本立てた。
— 風の精霊……
静寂。
何も起こらない。
— 大地の精霊……
返事はない。
彼の肩が、小さく震えた。
もう一度。
— ……来てくれ。
それでも――
何も。
彼はゆっくりと顔を伏せた。
長い間、
精霊たちはずっとそばにいた。
力であり、
仲間であり、
自分の一部だった。
それが今は……
何一つ残っていない。
拳を握り締める。
声が震える。
— ……嫌だ。
— 認めたくない……
彼は天井を見上げた。
— まさか……
— 俺を俺たらしめていたものを……
— 失ったというのか……。
答える者はいない。
やがて彼は、
封印された神器が置かれている場所へ目を向けた。
今の自分では、使うことすらできない剣。
ゆっくりと目を閉じる。
そして――
小さく呟いた。
— 必ず……取り戻す。
再び目を開く。
そこには、強い決意が宿っていた。
— 何を犠牲にしてでも……
— 俺は、精霊たちを取り戻す。
⸻
第10章 ― 僕にとって大切なものを失った日 完




