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中世異世界で企業する  作者: 紅茶


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8/11

③自立への焦り7

たった三歳の幼児が、完全なゼロからビジネスを生み出し、利益を手にしたのだ。あの貧しく、私を労働力としてしか見ていない両親など必要ない。私にはこの頭脳がある。


この清浄粉を足がかりにして資金を増やし、大人を雇って組織化すれば、いずれは親に売られる前に、安全な場所で私一人で生きていける。愛情という非合理なものに縋る必要など、どこにもないのだ。


私は己の才覚に酔いしれ、万能感に包まれていた。


だが、その「驕り」こそが、私がこの世界の残酷な真理をまだ何も理解していなかった証拠であった。


スラムの境界に足を踏み入れた時のことだ。

周囲の空気が、再びカビと下水と石炭の煤の臭いに満ちた泥濘の路地へと変わる。


ふと、私の目の前に、ぬっと巨大な影が立ちはだかった。


「おいおい、こんなチビが、富裕層の裏口でコソコソと小銭を稼いでるたぁ、どういうことだ?」


声の主は、脂ぎった顔をした大人の男だった。

首には汚れた手ぬぐいを巻き、口元には下品な笑みを浮かべている。男の背後には、ナイフや棍棒を手にした、目つきの悪い十代の不良少年たちが数人、私を囲むように立ち塞がっていた。


(……しまった。『スウェーター(搾取者)』だ!)


私の脳内に、強烈な警鐘が鳴り響いた。

この時代のスラムには、立場の弱い労働者や孤児たちを暴力で支配し、彼らの稼ぎを不当に吸い上げる「スウェーター」と呼ばれる悪徳な中間搾取者が無数に存在している。


彼らはストリートの子供たちをピュア・ファインダーなどの過酷な労働に駆り出し、その利益を暴力でピンハネするダニのような存在だ。


私の単独行動は、彼らの「シマ」を荒らす行為に他ならず、ずっと監視されていたようだった。


「おじさん、何の用? 私は家に帰るところなの」


私は幼児らしい舌足らずな発音を崩さず、無邪気を装って男を見上げた。だが、男は私の顔の横のレンガ壁を、ドンッと強く蹴りつけた。


「とぼけるなよ、クソガキ。お前がさっき、メイドの女から銅貨を受け取ったのは見てたんだ。この路地で稼いだ金は、全部俺たちの組合ギルドに通すのがルールだ。さあ、その右手に握ってる小銭と、その麻袋に入ってる奇妙な粉を全部寄こせ」


男の目が、私の握りしめている銅貨を舐め回すように見つめている。


私の心拍数が跳ね上がった。この二枚の銅貨と、残りのパウダーは、私の「自立」のための命綱だ。これを奪われれば、またあのゼロの状態に逆戻りしてしまう。


私は深く息を吸い込み、前世で幾多の修羅場をくぐり抜けてきた「経営者」としての思考回路をフル回転させた。


(落ち着け。相手は強欲なチンピラだ。ならば、目先の小銭以上の『利益』を提示すれば、交渉の余地はあるはずだ)


「おじさん」


私は幼児の演技を捨て、低く、冷たく響く大人の声で男を見据えた。


「この銅貨二枚と粉を奪うのは、あまりにも愚かな選択よ」


男が、私の急激な態度の変化に一瞬だけ目を丸くした。その隙を突き、私は言葉を畳み掛けた。


「私が持っているこの粉は、水を使わずに高級な布の煤汚れを落とすことができる新発明の商品よ。さっきのメイドの反応を見れば、これがどれだけの価値を持つか、商売人なら分かるはずよ。これをあなたが奪って売っても、一度きりの小銭にしかならない。でも、もしあなたが私を保護して、材料の調達と販売の元締めになってくれるなら、私はこの粉の製法を提供する。富裕層の館を独占できれば、銅貨二枚どころか、毎月金貨の山があなたの手に入るわ。……どう? 悪い取引じゃないはずよ」


完璧なプレゼンテーションだった。


相手の強欲さを刺激し、自らの価値を証明し、パートナーシップを提案する。前世のビジネスの世界において、この論理的な交渉術で落とせなかった相手はいなかった。


男は数秒間、ポカンと口を開けて私の顔を見下ろしていた。


やがて、彼の肩が震え始め――腹の底から湧き上がるような、下劣な大爆笑が路地裏に響き渡った。


「ギャハハハハ!! なんだこのクソガキ!? どこでそんな小賢しい口の利き方を覚えた!? 商売人だァ? パートナーシップだァ!?」


男は笑い涙を拭いながら、私に一歩近づいた。


「お前みたいな三歳のガキが、俺と対等に取引できると本気で思ってんのか? いいか、知恵遅れのチビ。俺はお前と交渉なんかする必要はねえんだよ」


その瞬間、男の太い腕が、私の首ぐらを乱暴に掴み上げた。


「ぐっ……!?」


息が詰まり、私の視界が反転した。


私の小さな身体は、大人の男の腕力によって軽々と宙に浮き上がり、そのまま汚水と泥が溜まった冷たい石畳の上へと、ボロ雑巾のように叩きつけられた。


「ガハッ……! あ……っ」


背中と後頭部に走った強烈な衝撃で、肺の空気がすべて弾き出された。激痛で目の前が真っ白になり、声すら出ない。


私が苦痛に身悶えしている間に、男の背後にいた不良少年の一人が私の腕を乱暴に踏みつけ、手からこぼれ落ちた二枚の銅貨と、大事な清浄粉の入った麻袋を奪い取った。


「ああ、俺はただ、お前をこうやってぶん殴って、お前の持ってるものを全部奪う。それだけで、俺には『100パーセントの利益』が手に入るんだ。生意気なガキに製法を教わる必要なんかねえ。この粉の作り方は、お前を半殺しにして吐かせりゃいいだけだかんな」


男がニヤァと笑い、泥だらけの私の顔を、その重いブーツの底でグリグリと踏みつけ始めた。


「あ……うぅっ……」


私は泥水の中で必死に抵抗しようとしたが、三歳の幼児の筋力では、大人の男のブーツを数ミリ動かすことすらできなかった。


絶望的なまでの「物理的な壁」


前世で私が頼りにしてきた論理も、数字も、完璧な交渉術も、ここでは何の意味も持たなかった。


この世界は、法も秩序も存在しない、力と暴力だけが支配する野蛮なスラムなのだ。社会的地位も、物理的な力も持たない幼児の「言葉」など、大人の暴力の前では紙屑以下の価値しかなかった。


(私、は……なんて愚かだったの……)


ブーツで顔を潰され、息ができず、意識が遠のいていく中で、私は自分の傲慢さを呪った。

たった一人で自律できるなどと、思い上がっていた。


子供一人の力で、この残酷な世界を出し抜けるなどと、本気で信じていた。


私は、今日ここでこの男たちにすべてを奪われ、製法を吐かされるまで拷問され、最後は下水に捨てられて死ぬのだ。


「さあて、まずはその生意気な口が二度と利けねえように、歯を全部へし折ってやるよ」


男が棍棒を振り上げるのが、霞む視界の端に見えた。


絶対絶命。私の二度目の人生は、何一つ成し遂げることもなく、孤独な泥水の中で、またしてもあっけなく終わろうとしていた。


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