② 自立への焦り2
しかし、三歳の幼児が、どうやって資本を蓄積できるというのだろうか。
ちょっとした資産と、株式投資に参加する権利さえあれば、次の誕生日を迎える前には長者番付の筆頭に名前を連ねる位の自信はあった。
ただ残念なことに、株取引の行われるコーヒーハウスに出向くには、入場料の1ペニーがかるし、それすらも持わせておらず、そもそも商取引のような大人の世界に、おぎゃあと生まれて3年ばかりの、ションベン臭いどころかそのまのを垂れ流していきる3歳児が、どうしてコーヒーハウスに出入りできる道理があるのだろうか。
いや、なれば、と。
資本を転がす側でなく、稼ぐ側として正々堂々と集めてはどうか。
例えば、現代知事を生かして石鹸なんか作ったらどうだろうか。
あるいは産業革命の端緒となった、ジョン・ケイの生み出した飛び杼のような工業機械を作ってはどうか。
しかしだ。
何かを作るにしても、初期投資となる資金が必要なのだ。
現代日本ならいざ知らず、産業革命期の3歳児に、そんな資本金があるはずもない。
完全にゼロ。
私はスラムの路地を観察し、母の内職を手伝うふりをしながら、この世界に欠けている「需要」と、タダで手に入る「供給」のバランスを必死に計算した。
そしてある日、私はこの都市を覆う「致命的な欠陥」に気がついた。
この都市は、急激な工業化によって空から常に石炭の煤が降り注いでおり、外を歩けばすぐに衣服が黒く汚れ、家の中にまで煤と泥の層がべっとりとこびりつくような過酷な環境だった。富裕層の館でさえ、煙突や窓の隙間から入り込む煤のせいで、来客が座る直前まで食卓の準備ができないほど汚れに悩まされていたという。
母が請け負っている富裕層の洗濯物も、分厚いベルベットのカーテンやウールのコートなど、水で濡らすと重くなり、生地が傷んでしまうような高級品ばかりだ。母はそれらを強い灰汁を使って必死に洗っていたが、汚れは繊維の奥に入り込み、完全には落ちていなかった。
水洗いは労働コストが高すぎるうえに、生地を損なう。もし、「水を使わずに」このガンコな煤汚れと油分を吸着し、悪臭を取り除くことができる商品があればどうだろうか。
(……いける。ドライクリーニングの概念だ)
前世の化学知識が、私の脳内で灯りを灯すように輝いた。
アルカリ性の物質で油分を分解し、多孔質の物質で汚れを物理的に吸着する。そこに消臭効果のある植物を加えれば、完璧な「水を使わない清浄粉」が完成する。
そして何より素晴らしいのは、その材料がこのスラムで「完全に無料で」手に入るということだった。
両親が長時間の労働に出払い、私がアパートに一人で留守番をしている昼下がり。
私はこっそりと部屋を抜け出し、スラムの裏通りへと足を踏み入れた。悪臭の漂う泥濘に足を取られそうになりながら、私は自分の背丈ほどもあるゴミの山や、都市の郊外を流れる濁った川の土手を目指して歩いた。




