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転生幼女の白百合商会~前世の冷徹な経営知識と魔法の清浄粉で、最底辺のスラムから王都の経済を支配します~  作者: 紅茶
第一章 スラム編

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15瓦解する巨塔

夜明け前の王都ルンデニウム。


冷たい霧が立ち込める石畳の通りに、インクの強烈な匂いと、活版印刷機が吐き出したばかりの真新しい紙の束を抱えたニュース売り(ニューズボーイ)たちの声が響き渡った。


「号外! 特大の号外だよ! 悪徳商人ギルドの腐敗の全貌! 貴族への詐欺と密輸の証拠がすっぱ抜かれたぞ!」


その声は、朝靄に包まれた金融街から、富裕層が住む高級住宅街の隅々にまで、またたく間に広がっていった。


私たちが独立系新聞社に匿名で送りつけた告発文と、父アーサーが命がけで奪取してきた裏帳簿の写しは、編集長のジャーナリスト魂と大衆の好奇心を完璧に煽り立てていた。


紙面には、ギルドの幹部たちがどのようにして港の役人や警察を買収し、密輸した粗悪なワインや織物を「最高級品」と偽って大貴族たちに売りつけていたかが、一ペニー単位の賄賂の額とともに克明に暴露されていた。


この時代、急激な識字率の向上と中産階級の台頭によって、新聞というメディアは社会の世論を形成する最も強力な武器となっていた。


特権階級の醜聞を暴く記事は、大衆のルサンチマンに火をつけ、社会を根底から揺るがすほどの威力を持っていたのだ。


そして何より、この記事が最も深く、最も致命的に突き刺さったのは、ギルドの最大の顧客であった「大貴族たち」のプライドだった。


当時の貴族社会において、自らの審美眼を欺

かれ、粗悪品を高値で買わされていたという事実は、一族の面子に関わる最大の屈辱である。


新聞が街に出回ってからわずか数時間後には、激怒した複数の大貴族の邸宅から、王都の治安維持局に向けて、商人ギルドを徹底的に処罰するよう圧力をかける使者が次々と送り込まれた。


事態の急変に対し、最も醜悪な保身に走ったのは、他でもない警察機構だった。


数日前、ギルドからの賄賂を受け取って私たち「白百合商会」の配達の子供たちを不当に狩り立て、商品を没収した警吏たちは、自分たちにまで貴族の怒りの矛先が向かうことを恐れた。


彼らは自らの汚職の証拠を隠滅し、すべての責任をギルドの幹部たちに押し付けるため、手のひらを返したように行動を起こした。


その日の昼下がり。


ギルドの立派な大理石の本部ビルは、数十人の重武装した警吏たちによって完全に包囲されていた。


私は、父アーサーに肩車をされながら、通りの向かい側の物陰からその光景を静かに見下ろしていた。


「……出せ! 離せ、この薄汚い犬どもが! 俺が今までどれだけお前らの署長にカネを握らせてやったと思っている!」


豪奢なコートを乱し、顔を真っ赤にして叫びながら警吏たちに引きずり出されてきたのは、他でもない、裏路地で父を袋叩きにし、私たち家族を娼館に売り飛ばすと脅したあのスウェーターの男と、ギルドの幹部たちだった。


「黙れ、この詐欺師め。貴族院からの直接の命令だ。お前たちの財産はすべて国庫に没収され、投獄されることになった」


警吏は冷酷に言い放ち、抵抗する男の腹に容赦なく警棒を突き立てた。


男は苦悶の声を上げて石畳の上に這いつくばり、手錠をかけられて護送用の馬車へと放り込まれた。


彼らが絶対の自信を持っていた「権力」と「資本」の塔が、音を立てて崩れ去っていく。


法を捻じ曲げ、弱者を暴力で踏み躙ってきた者たちが、さらに強大な権力と、私たちが仕掛けた情報戦の前に、文字通り虫けらのようにすり潰されていくのだ。


私はその無惨な光景を、一片の同情も、嘲笑すらも浮かべることなく、ただ極めて冷徹な感情で見つめていた。


「お父さん。帰りましょう」


私が静かに声をかけると、父はゆっくりと頷いた。


彼の瞳には、かつて自分を痛めつけた男の末路への憐れみよりも、家族を守り抜いたという安堵の光が宿っていた。


「ああ。俺たちの、完全な勝利だ」


スラムのアパートの部屋に戻ると、そこには息を呑んで結果を待っていた母メアリーと、ネッドをはじめとする十数人のストリートチルドレンたちが集まっていた。


「おじさん、クロエ! どうだった!?」


ネッドが身を乗り出して尋ねる。私は彼らの泥だらけの顔を一人ひとり見渡し、そして、これ以上ないほどの深い微笑みを浮かべた。


「ギルドの幹部は全員逮捕されたわ。新聞の通り、彼らの財産はすべて没収。……もう、この街で私たちを脅かす大人は、誰もいなくなったのよ」


その瞬間、狭いアパートの部屋が爆発するような歓声に包まれた。


「やった! やったぞおおお!」


「俺たちが勝ったんだ! あの偉そうな連中をやっつけたんだ!」


子供たちは抱き合い、飛び跳ねて喜びを爆発させた。母も目に涙を浮かべて父の胸に飛び込み、父はその背中を力強く抱きしめた。


歓声が少し落ち着いたのを見計らい、父は部屋の奥から、ずっしりと重い革袋を取り出してきた。


「ネッド、そしてみんな。聞いてくれ」


父が革袋の紐を解くと、中から眩い光を放つ何十枚もの真新しい銀貨が姿を現した。


それは、警察のガサ入れを逃れた後に、私たちが細々と売り歩いて稼いだ全財産だった。

父は、その銀貨を惜しげもなく掴み取り、ネッドたちの泥だらけの手の上に、たっぷりと握らせていった。


「お、おじさん……こんな大金、受け取れねえよ。俺たちはただ、おじさんたちに恩返しがしたくて……」


ネッドが震える手で銀貨を見つめながら戸惑うと、父は彼の肩を力強く叩いた。


「これは恩返しへの対価じゃない。『白百合商会』の誇り高き情報部員と、専属配達員に対する、正当なボーナスだ」


父は、子供たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見つめた。


「お前たちが命がけで集めてくれた情報がなければ、俺たちは確実に潰されていた。お前たちはもう、ただのストリートの孤児じゃない。俺の商会を支える、立派なパートナーだ。これからも、ずっと俺たちの力になってくれないか」


その言葉に、ネッドの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


他の子供たちも、自分たちの手のひらに乗せられた冷たくて重い銀貨の感触と、生まれて初めて大人から「パートナー」として認められたという誇りに、声を上げて泣きじゃくった。


私はその光景を、胸の奥が熱く焦げるような思いで見つめていた。


前世で何億という金を動かした時でさえ、これほどの充実感はなかった。


私たちが手にしたのは、単なる敵の排除ではない。


カネの繋がりを超えた、この泥だらけの世界で最も強靭で、最も美しい「絆」の証明だったのだ。


ギルドという最大の障害が完全に消滅した王都の市場は、私たちにとって巨大な真空地帯となった。


貴族たちを騙していたギルドが崩壊したことで、洗浄剤や石鹸の供給は一時的にストップした。


そこに、唯一無二の品質を誇る私たちの「白百合の清浄粉」が、正々堂々と大量に流れ込んだのだ。


私たちは、手元に残った資金をすべて材料の仕入れと生産体制の拡大に投資し、工場も作った。


父を慕うネッドたちがスラム中から信頼できる孤児たちを新たに集め、彼らを使って材料の調達と配達のネットワークをさらに強固なものにした。


もはや表立って私たちの荷馬車を止める警吏もおらず、商品は作れば作るだけ、飛ぶように売れていった。


数週間のうちに、アパートの木のテーブルの上には、以前警察に没収された在庫の損失を補って余りある、天文学的な量の銀貨と金貨が積み上がっていった。


「クロエ、どうしよう……。売上が、計算に追いつかないわ」


母が嬉しい悲鳴を上げながら、毎日山のように届く富裕層のメイドたちからの注文書を整理している。


父も、新しく借りた倉庫で労働者たちを指揮しながら、生き生きとした声で指示を飛ばしていた。


泥にまみれ、その日のパンにも困っていた最底辺の平民家族が、前世の現代知識と、絶対的な家族の絆、そしてストリートの子供たちとの共闘によって、ついに巨大な既得権益を打ち破り、一つの「資本の城」を築き上げたのだ。

もはや、私たちを脅かす暴力はない。


私は、この圧倒的な成功と安全が、愛する家族に永遠の幸福をもたらすのだと確信していた。


そんな、私たちが勝利の美酒に酔いしれていたある日の昼下がり。


工場の表門の前に、スラムの泥道には全く不釣り合いな、四頭立ての豪奢な馬車が静かに停まった。


馬車の扉には、金と青で彩られた見事な「獅子の紋章」が描かれている。


降りてきたのは、立派な絹の仕着せを着た初老の従者だった。彼は周囲の汚さに顔をしかめながらも、父が立つ倉庫の扉をノックし、うやうやしく一通の重厚な封書を差し出した。


「ウェストモアランド公爵家からの書状だ。当家の執事長が、白百合商会の代表との面会を望んでおられる」


「こ、公爵家……!?」


父は顔から完全に血の気を引き、震える手でその封書を受け取った。


ウェストモアランド公爵家といえば、この国でも五本の指に入る大貴族であり、広大な領地と絶大な政治的影響力を持つ、王室にも連なる一族だ。


封書の中身は、「公爵夫人が白百合の清浄粉の噂を聞きつけ、本邸とすべての別荘で使うための専属契約を結びたい。ついては当家のタウンハウスまで出向くように」というものだった。


「どうしよう、クロエ……。公爵家から直接呼び出されるなんて、名誉どころか命がけだ。もし交渉で相手の機嫌を損ねたりすれば、商会は今度こそ一瞬で潰されるぞ……!」


かつて最底辺の労働者だった父にとって、大貴族とは「雲の上の絶対者」であり、逆らうことなど想像もできない恐怖の対象だった。


だが、震える父とは対照的に、私の胸の奥では、前世の冷徹な企業買収者としての血が激しく沸き立っていた。


(来たわ。これが、私たち平民が、本当の意味で『資本の頂点』へと駆け上がるための、最大の試練にして最高の踏み台よ)


私は、震える父の広い背中にそっと手を添え、不敵な笑みを浮かべて囁いた。


「お父さん、深呼吸して。これは罠じゃない、私たちが全国の市場を完全に支配するための最大のチャンスなの。ウェストモアランド公爵家の『御用達ごようたし』という王冠を手に入れれば、もうこの国で私たちを見下せる者は誰もいなくなるわ」


相手がどれほど強大な権力を持っていようと関係ない。


私は、この傲慢な大貴族を完全に手玉に取り、法外な条件で契約をもぎ取るための、最も悪辣で華麗な「ハッタリ」のシナリオを、すでに頭の中で完璧に組み上げていた。


私たちの本当の成り上がりが、いま始まろうとしていた。


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