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【突発歌枠】歌の神が舞い降りた【灰城ベルン】

 日が暮れ始めたころ、カラオケから帰ってきた。


 部屋に入って、荷物を置いて、ソファに腰を下ろす。


 今日はいろいろあった。


 結局、今日一日、凛と呼ぶのは慣れなかった。まだ心の中でさえ、うまく呼べていない気がする。


 頭を切り替えるように、軽く伸びをした。


 そういえば、カラオケにいたのに、自分はほとんど歌っていなかった。教えることに集中していたから、当然といえば当然だが。


 手持ち無沙汰なまま、スマートフォンを眺める。


 今日は何か歌いたい気分だった。


 別に理由はない。ただ、なんとなく、久しぶりに人前で歌ってみたかった。そういう日もあるんだな、と自分でも不思議に思った。


 配信でやってみるか。

 特に告知もしていない。偶には、そういうのも悪くないだろう。


 マイクの前に座って、配信ソフトを立ち上げる。


 マウスを操作し、『配信開始』ボタンをクリックする。


 赤いLIVEランプが、点灯した。



――――――――――――――――――――――――――


 まずはスタジオモードで待機画面を流す。

 ベルンが鍬を持って農作業をする、貴族らしからぬ姿が映し出される。アニメーションになっており、鍬を振り上げて、振り下ろす、それを繰り返していた。

 そのアニメーションと共に、画面と似つかわしくない荘厳なBGMが流れている。


 このアニメーションはリスナーの一人が作ってくれたファンアートを、加工してアニメーションにしてもらったものだ。

 もちろん絵をかいてくれた方には許可をとり、快諾してくれた。ひたすら感謝である。


 そんなお気に入りの画面を見ながら、少し時間があったので、声出しをしておこうと思った。


「んー」


 小さく声を出す。


「あー、あー」


 音階を少しずつ上げながら、もう一度。昔、バンドをやっていた頃の癖だ。本番前は必ずこうやって声を確かめていた。


「うーん、まあまあかな」


 独り言を言いながら、画面に目をやった。


 コメントが流れていた。


《ミュート忘れてて草》

《声出し丸聞こえで草》

《キャラ崩壊しとるやん》

《今日はまあまあらしいぞ》

《本番前の貴重なベルン様だ!》


 ミュートのはずだったはずのに、なぜか外れていた。


 待機画面の裏で、全部聞かれていたようだ。


「……」


《気づいたか》

《喋らなくなった》

《さすがの没落貴族も動揺するか》


 少しの間、黙った。


 仕切り直すしかない。


「……本日は、余の歌声をお聴かせしようと思う」


《開き直ったな》

《いやミュート忘れに触れないかい》

《普通に配信続けてて草》


「今宵の我が城には、歌の神が降りてきておる。余はその使者として、皆に届けねばならぬ」


《そういう設定あったっけ?》

《なんか言ってて草》

《ベルン様何か悪いもの食べた?》


 構わず続ける。


「ではまず、一曲目。余が長年愛してやまぬ名曲をお届けしよう」


 イントロが流れ始めた。


《あれ》

《懐かしい曲で草》

《貴族どこいった》


 コメントはあまり気にせず、マイクに向かって、歌い始めた。


 クリスマスの歌だ。貧しくても、チキンライスでも、一緒に食べる食卓が幸せだという歌。没落した貴族には、なんともふさわしい曲だと思った。


《歌うまくて草》

《没落貴族のくせに歌が上手いの草》

《貴族が歌う曲じゃなくて草》

《ベルン様の人生が見えてきたな》


 一曲を歌い終えた。その間、コメント欄を気にせず、歌詞と流れる曲に集中していた。


「……余の人生に、深く刻まれた一曲である」


《何があったんだ》

《没落した哀愁を感じる》

《思ったより歌が上手くてちょっと感動してる》


「続いて、二曲目」


 次のイントロが流れる。


《あっ》

《選曲が庶民的すぎる》

《リーマンの歌やん》


「余は思うのだ。没落しても、明日はある、と」


《没落貴族の哲学やな》

《深すぎる》

《没落貴族が言うと重みが違って草》


 歌い始めた。これも、よく知っている曲だ。

 元気になれる歌で、カラオケでもよく歌う。なんともなしに、口ずさむことも結構ある。

 バンドが解散した後も、フリーターをしていた頃も、自分を鼓舞してくれる曲だった。


《没落してるから明日に希望持つしかないんだな……》

《ベルン様が上司に怒られる姿がなんか目に浮かぶわwww》

《いや貴族に上司いないだろ》

《没落したんだからいるかもしれないだろ》


 最後の一節を歌い切って、伴奏だけが静かに続いた。それもやがて消えて、部屋に静寂が戻った。


 歌い終えた。


 コメント欄を見る。


《いや、マジでベルン様歌上手い》

《ベルン様の歌ってみた聞きたいなあ》

《不思議と元気出るわ》


 その後も、何曲か続けた。


 どれも俺がセレクトした貴族らしくない曲ばかりだった。あくまで庶民的で等身大の曲ばかり。

 コメント欄は「没落したことがわかるセトリ」「貴族っぽさ皆無で草」「懐かしい曲多くて年代バレそうwww」など思い思いのコメントが流れ、途切れなかった。


 一時間ほど歌うと、用意していた曲のレパートリーが尽きてしまった。


「……以上が、本日の演目である」


《まだ聴きたい》

《没落貴族の歌枠、楽しみにしてるわ》

《初見だけどチャンネル登録したよ》


「余は満足している。また気が向いたら再びまみえようぞ」


 そう言って、配信を終了する。



――――――――――――――――――――――――――


 ふう、と一息ついて、目の前のグラスに入れた水を飲む。


 そして、椅子にもたれて、天井を見上げた。久しぶりに、ちゃんと歌った気がした。いい気分だ。


 同接数を見ると、3000人近かった。3000人を前に歌ったことなんて、これまでの人生でなかった。精々50人くらいが最大だ。

 その数字を見て、非現実感が遅れて襲ってきた。

 すごい世界にいるんだと、身をもって実感する。



 そんな非現実感を味わって、しばらくぼーっとしていると、スマートフォンが振動した。通話のコールだった。


 画面を見ると、紗由からの発信だった。


 配信終わりのちょうどいいタイミングだ。もしかしたら、今の配信を見ていたのかもしれない。そんなことを思いながら、電話に出る。


「お兄ちゃん、歌枠見てたよ。選曲で笑っちゃった」


やはり、配信を見ていたらしい。

先ほどまでの熱唱を聞いていたと思うと、少し気恥ずかしい。


「まあ、どれも俺の好きな曲だから」


「お兄ちゃんって、歌うと別人みたいだよね。自然体って感じ」


 自然体。そうかもしれない。歌っているときは、歌うことに精一杯で、余計なことを考えていない気がする。


「ところでさ」


 紗由から、話していいのか伺うような、そんな雰囲気を帯びた言葉が飛び出す。


「ユリナさんの件なんだけど、解決したんだね。気になって掲示板とか見てたよ。すごいと思った」


「まあ、うまくいって良かったって感じだな」


「うまくいってよかった、じゃないでしょ。普通に、いや、派手にすごいんだけど。お姉さんが配信してたらしいし、お姉さんを動かすところまでやったんじゃん」


「……そうだな。お姉さんが協力的で、とても助かった」


お姉さんが協力的でなかったら、絶対に成功していなかっただろう。

姉妹の関係と、姉の愛情の深さに徹頭徹尾助けられた、そんな計画だった。


「お兄ちゃんのおせっかい、今回は本当に良かったと思う。ほんと、素直にね」


 紗由が真正面に褒めてくる。少しこそばゆく感じた。


「ありがとう」


「でも次は私のためにおせっかい焼いてよね。ガチ恋を殲滅する計画、ぜんぜん進んでないじゃん」


 そろそろ言われるかとは思っていた。最近、凛とのあれこれに対応していたので、配信頻度が下がってしまっていた。


 当初このガチ恋を殲滅する計画を実行するためにVtuberになったのに、まだ行動らしい行動は、何もできていないのが現状だ。


「そうだな。そろそろちゃんと行動の計画を練っていかないとな」


といっても、今は好感度を高めるフェイズのはず。できることはなにかあるだろうか。そんなことを考えようとしていた時。


「それとさ」


 聞こうか聞くまいか、悩んでいるようなそんな声色だった。


「ユリナさんと、なんかあった?」


「……なんでそう思ったんだ?」


「なんとなく。そんな気がしただけ」


 返事をしようとしたが、何を言っても、墓穴を掘る気がした。


 こういう時は、下手にあれこれ弁明をせずに、逃げるに限る。


「今日は眠いから寝るわ。おやすみ」


「は?」


「いや、マジで眠い。意識朦朧としてきたから切るぞ」


「は?ちょっと逃げ……」


通話ボタンを切る。そして、サイレントモードにして、机の上に置いた。


すまん、妹よ。俺でも彼女との関係は整理できていないんだ。


そんな弁明を心の中でする。


直後に、紗由から一通だけメッセージが来た。


『逃げるな卑怯者!!!』


某有名作品の、画像が添えられていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【突発歌枠】歌の神が舞い降りた【灰城ベルン】

 最大同接数:2,842人

 高評価:453


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