凛
動画を見終えた霧島さんは、スマートフォンを握りしめたまま、俯いてじっと動かなかった。
時折、小さく鼻をすする音だけが、部屋に響いた。
「……ありがとうございました」
絞り出すような声は、微かに波打ち、上擦っていた。
ゆっくりとこちらに向けられた顔。普段の凛とした表情は崩れ、その目元は赤く潤んでいる。
「……私、あんなにお姉ちゃんに思われていたなんて、知らなくて」
彼女は一度、深く息を吸い込んだ。
「お姉ちゃん、私のせいで好きなことに専念できなかったり、アカウントに変なメッセージが届くようになったりして……本当に迷惑かけてばっかりで。いつも優しくしてくれるけど、本当は私のことを煩わしく思ってるんじゃないかって、心のどこかでずっと疑ってて」
気持ちが高ぶっている影響か、息遣いが少し荒い。
「あんなに私のこと、大切に思ってくれていたなんて、思ってなくて」
霧島さんは、堰を切ったように、心の奥底に渦巻いていた後悔と安堵をこぼした。
俺は、彼女の言葉を静かに受け止めてから、口を開く。
「お姉さんも言ってましたけど、妹って、家族って、そういうものなんですよ。少なくとも、僕にとってもそうです」
「……一ノ瀬さんも?」
「ええ。距離が近いせいか、他人と比べると喧嘩もよくする。もう顔も見たくないって本気で思うことだってある。……でも」
俺は少しだけ視線を外し、自分の記憶をたどるように言葉を続けた。
「しばらくして冷静になったら、なんで喧嘩しちゃったのか、と後悔する。どうやって謝ろうかって悩んで、謝れなかったら不安になる。それは友人とかでも一緒かもしれけれど、家族は嫌でも顔合わせること多いですからね。お互い謝らないと、居心地がめちゃくちゃ悪くて」
思わず、笑い交じりになる。頭の中では、紗由と喧嘩した時のことを思い出していた。
「むしろ、喧嘩して口を利かない時の方が、頭の中はずっと相手のことでいっぱいで。……そこでやっと気づくんです。ああ、やっぱり自分にとってすごい大事なんだな、って。このまま二度と笑いあったり、軽口を言い合ったりできないのは絶対に嫌だなとか、元気でいてほしいなとか、そういうことばっかり考えちゃう。……きっと、お姉さんも同じだと思いますよ」
「……うん」
俺の言葉に、霧島さんは小さく、けれどしっかりと頷いた。
そして、手の甲で目元を拭うと、顔を上げる。
「……私、ずっと逃げてました。謝るのが怖くて、嫌われるのが怖くて。姉からのメッセージも、見るのが怖くて、怖くて、仕方がなかった」
そういうと、霧島さんが隣に置いているバッグに手をいれて、ごそごそと探り出す。そして、自分のスマートフォンを取り出した。
「私、お姉ちゃんに返事します。ごめんって。仲直りしたいって」
一呼吸おいて、こぼれるような笑顔になる。
「それに、ありがとうって、伝えたいです」
その表情には、まだ涙の跡が残っていたけれど、迷いはもう綺麗に晴れていた。
強がりでも何でもない、綺麗で真っ直ぐな瞳だった。
「ぜひすぐに連絡してあげてください。きっと、首を長くして待ってますよ」
俺が笑いかけると、霧島さんも今日一番の、少しだけ照れくさそうな、柔らかい笑顔を見せた。
その後、もたれていたソファから体を起こし、ほんの少しだけ、俺の方へ身を乗り出す。
「あ、そうだ」
「どうしましたか?」
「これから、二人で会うときだけ。私のこと、凛って呼んでください」
「凛?」
「はい、凛です。親しい人にはそう呼んでほしくて」
「えっと、あの」
「呼んでくれないんですか?」
困った。突然すぎる。
「きりしm……。り、凛さん?」
「さん付けも、敬語も禁止で」
そう言って彼女は、今まで見たどんな顔よりも無防備で、人懐っこい笑顔を見せた。
少しだけ赤くなった目元と、悪戯っぽく細められた瞳。
そのあまりに魅力的なギャップに見惚れ、俺は気の利いた返事を返せなかった。




