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呼び出し

 高木さんから連絡が来たのは、ユリナの一件が落ち着いて数日後だった。


『一ノ瀬さん、今週どこかで事務所まで来られますか?』


 用件は書かれていない。


 けれど、見た瞬間に心当たりはあった。


「……来たか」


 スマホを握ったまま、ベッドに腰を下ろす。


 姫川ユリナのパコ姫騒動の件。


 事務所には何の相談も入れず、勝手に首を突っ込んだ。


 勝手に姫川ユリナについて調べて、解決しようと策を弄し、結果として騒動は収まった。


 俺としては、やってよかったと思っている。


 ただ、事務所から見ても問題がないかは別だ。


 デビューして間もない新人が、同じ事務所の先輩Vtuberの揉め事に勝手に介入したのである。


 注意くらいは勿論されるだろう。


 始末書とか書かされたりするんだろうか。


 活動停止や、契約解除はさすがにない、と思いたい。


 いや、ない。

 ないはずだ、きっと。


 犯罪を犯したわけでもないし、俺自身が何か問題を起こしたわけでもない。


 それでも、人によってはありがた迷惑の、大お節介をしたのは事実だった。


 俺は高木さんへ返信する。


『木曜日でしたら大丈夫です』


 ほどなく返事が来た。


『では十四時でお願いします』


 返事はそれだけだった。


「…………」


 せめて用件くらい書いてほしい。


 この文面では、呼ばれた理由が何も分からないじゃないか。


     


     *****



 木曜日。


 約束の十五分前には、ダイバーシア本社へ着いていた。


 流石にスーツを着てくることはなかったが、服は普段より少しだけまともなものを選んだ。


 襟付きのシャツを着たところで叱責が軽くなるとは思わないが、Tシャツで怒られるよりはいくらかマシな気がした。


 受付を済ませ、会議室へ通される。


 白いテーブルに黒い椅子。


 壁際には大型のモニター。


 何度か入ったことのある部屋なのに、今日は妙に落ち着かない。


 テーブルの上にはペットボトルの水が置かれている。


 口の渇きを感じて手を伸ばしかけてたが、やめた。


 話の途中でトイレへ行きたくなっても困る。


 十分ほどして、ドアが開いた。


「一ノ瀬さん、お疲れ様です」


 高木さんだった。


 ノートパソコンと薄いファイルを抱えている。


 いつも通りの顔だった。


 特別、怒っているようには見えない。


 もっとも、この人が怒っているところを見たことがないので、あまり参考にはならないのだが。


「すみません。わざわざ来ていただいて」


「いえ」


 高木さんが向かいに座る。


 ノートパソコンを開き、何かを確認し始めた。


「あの、高木さん」


「はい?」


「先日の姫川さんの件なんですけど」


「ん? ああ。別にいいですよ」


「……はい?」


 謝ろうとしていた口が止まった。


「事務所に相談しないで、勝手に色々動いちゃったんですけど」


「姫川さんと、一ノ瀬さん個人の問題ですからね。事務所としては特に」


「特に?」


「何もないです」


 その高木さんの言葉は明快かつ、早い返答だった。


 こちらは、ここへ来るまでにそれなりの覚悟を決めていたのに。


「処分とかは」


「ないですよ」


「注意も?」


「特には」


 高木さんはそのままノートパソコンへ視線を戻した。


 俺だけがまだ話の続きを待っていた。


「まあ、姫川さんが掲示板であまり好ましくない呼ばれ方をされていたのは把握していましたけどね」


 高木さんが画面を見たまま言う。


「それも減ったようですし、良かったと思いますよ」


「……そうですか」


「はい」


 終わった。


 本当にそれだけらしい。


 数日前から頭の中で考えていた叱責や罰、始末書や活動停止も、そもそも検討すらされていなかったらしい。


 今日は十五分前に来た。


 襟のついた服まで着て、水にも手をつけずに待っていた。


 俺は乾いた口の中を潤すため、水のペットボトルを取り、キャップを開ける。


「それで、今日来ていただいた件なんですが」


 水を飲もうとする手が止まった。


「まだ別件があるんですか?」


「というか、そちらが本題です」


「…………」


「姫川さんの件は、一ノ瀬さんからされた話なので」


 そうだった。


 高木さんは自分から姫川ユリナの話をしていない。


 耐えきれなかった俺が、勝手に姫川ユリナの件について話始めただけだったのだ。




     *****




「今日話したいのは、こちらの内容です」


 高木さんから渡された資料には、見覚えのあるロゴが印刷されていた。


『WILD FRONTIER』


「ああ、これ知ってます。めっちゃ容量でかいゲームですよね」


「プレイしたことあります?」


「ないですね。名前とかは知ってますけど」


 発売から二年ほど経つ、かなり有名なサバイバルゲームだ。


 大きな島を探索し、素材を集めて拠点を作る。


 野生の魔獣を捕まえて育てたり、騎乗して移動したりもできる。


 発売した頃はかなり流行っていたし、今でもゲーム配信で見かけることがある。


「再来週、大型アップデートが入るんですが、そのプロモーション企画です」


 高木さんが資料を一枚めくった。


『WILD FRONTIER 7DAYS』


 その下には、島の地図が載っている。


「今回のアップデートで新マップが追加されます。そのマップを使って、ダイバーシア用の専用サーバーを用意していただけることになりまして」


「新マップなんですね」


「はい。既存プレイヤーも地形やモンスターは初見になります」


 なるほど。


 ゲームをやり込んでいる人間がいても、全部知らないというわけだ。


「一ノ瀬さんにも灰城ベルンとして参加していただきたいと思っています」


「俺ですか?」


「はい」


 さっきまで何かしらの処分を受けるつもりで座っていた人間が、そのまま大型ゲーム企画へ誘われている。


 正直、まだ頭の切り替えが追いつかない。


「ていうか、こういう嬉しい話題なら、事前に教えてくださいよ」


 詳細を書かないから、メチャクチャ勘繰ってしまったのだ。


 一言あったら、いらぬ心労をかけずに済んだのに。


 高木さんは少しだけ言い淀んだが、モゴモゴと答えた。


「ギリギリまで隠した方が、一ノ瀬さんが喜ぶかと思ったので……」


 意外と高木さんはお茶目というか、サプライズ精神に溢れた人だったらしい。



     *****

 


 資料によると、企画期間は七日間。


 毎日決められた時間に専用サーバーが開き、その間なら好きな時間にログインしていい。


 新しく追加された島を探索するもよし、拠点を作るもよし、魔獣を捕まえるもよし。


 最終日の夜だけ、参加者全員で新ボスに挑戦する予定になっていた。


「ずっと全員で行動するわけじゃないんですね」


「ええ。基本的には自由に遊んでもらいます」


「案件って割には、結構緩いんですね」


「そうですね、毎日決められた内容をやってもらうより、その方がこのゲームらしいだろうということで」


 十一人で七日間。


 同じ島にいるのに、それぞれ好き勝手に遊ぶ。


 企画というより、大勢を同じ箱へ入れて何が起きるかを見る方に近いかもしれない。


「参加者は十一名です。新人三人にも出てもらいます」


 次のページには名前が並んでいた。


 灰城ベルン。


 神宮寺愁。


 御影玲音。


「神宮寺さんと御影さんも出るんですね」


「はい」


 少し気が楽になった。


 知っている人間が二人いるだけでも違う。


「今回、新人の皆さんには他のライバーとの企画や交流にも慣れてもらいたいので」


「ああ、そういう理由もあるんですね」


 新人と、先輩ライバーを交流させる。


 確かに、先輩ライバーから新人ライバーへの導線にもなるし、ありがたいことだった。


 それに、先輩ライバーのリスナーからしても新鮮さがあるのかもしれない。


「で、他の参加者はこちらです」


 名前を上から見ていく。


 榊レオ。


「あ、榊さんは知ってます」


「榊さんは有名ですからね」


 ダイバーシアでもかなり古参の男性Vtuberだ。


 大型企画で司会をしているところも何度か見たことがある。


 そして、その下。


 月宵空。


 そこで目が止まった。


 紗由も出るのか。


 どうやら、灰城ベルンとの初コラボはこの企画になるらしい。


 続いて。


 雪代六花。


 海見ナギ。


 姫川ユリナ。


 夜城伊月。


 獅堂ガク。


 天瀬ミオリ。


 最後に俺たち新人三人。


 知っている名前もあれば、名前を見たことがある程度の人もいる。


「榊さんがリーダー的な立ち位置なんですか?」


「そうですね。初日の説明や最終日の進行などは榊さんにお願いしています」


「ゲームも詳しいんですか?」


「それなりにやっているそうですよ」


 高木さんが資料を確認する。


「他にも経験者は何人かいますね」


「俺、完全に初心者なんですけど」


「それはそれでいいと思いますよ」


 経験者しかいない企画でもないらしい。


 その辺りも含めて、誰が何をするかは本人たち次第ということか。


 改めて資料を見る。


 七日間。


 十一人のライバーたち。


 その中に、月宵空がいた。


 紗由には一応連絡しておいた方が良さそうだ。


 


     *****



 

 その夜。


 夕飯を食べ終えてから、紗由へ電話をかけた。


 何度か呼び出し音が鳴って、繋がる。


『はいはーい』


「紗由、今いいか?」


 いいよーと返答が来て、話を始める。


 ちなみに、少し前に電話を切った件はすでに謝ったので、解決済みだ。


「再来週のワイルドフロンティアの企画あるだろ?」


『うん』


「俺も出ることになった」


『え、お兄ちゃんも?』


「今日聞いた」


『私、まだメンバー知らなかったよ』


「俺も今日初めて聞かされたよ」


 というか、参加すること自体、今日知ったのだけども。


『じゃあ、一緒になるじゃん』


「ああ」


 少しだけ、会話が途切れた。


『それなら、ちょうどいいね』


 散々話をした内容だから、何がとは聞かなかった。


「わざわざお前のところ行ったりはしないぞ」


『うん。それでいいよ』


「いいのか」


『一週間あるし。そのうち会うでしょ』


「適当だな」


『変にわざとっぽくやるよりかはいいでしょ』


 まあ、それはそうかもしれないな。


『じゃあ私、これから配信だから』


「おう」


『ゲーム内容くらいは事前に確認しといてね。あと、配信直前でインストールし始めないように!』


「分かってるよ」


 そう答えると、じゃあね、という言葉と共に通話が切れた。


 俺は高木さんからもらった資料を開く。


 今回追加される新マップの紹介ページ。


 深い森。


 雪に覆われた山。


 海岸沿いに広がる巨大な湿地。


 空に浮かぶ島のようなものまである。


 新しく追加されるモンスターも何種類か紹介されていた。


 資料の隅に公式サイトのQRコードが載っている。


 それをスマホで読み込む。


 すると、大型アップデートの紹介動画が始まった。


 大自然に満ちた、モンスターが溢れる島をプレイヤーが駆け回る。


 巨大なモンスターに追われ、崖から飛び降りる。


 新しいモンスターを捕まえる。


 湖のほとりに拠点を建てる。


 最後には、人を背中に乗せた大きな翼の魔獣が、空に浮かぶ島へ向かって飛んでいった。


「へえ」


 動画が終わる。


 下には、新魔獣の紹介映像が並んでいた。


 一つ開く。


 それが終わって、もう一つ。


 気づけば、ワイルドフロンティアの動画を何本か見ていた。


「……普通に面白そうだな」

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