当たりましたよ、先生
今日も占いに来ていた。
なんだかんだ、これで三回目だ。
先週、動物園で素敵な出会いがあった。
先生に報告したいと思ったのだ。
「こんにちは!」
少し勢いよく扉を開ける。
先生が顔を上げた。
「こんにちは」
「いましたよ! 運命の人!」
先生は、少しだけ目を丸くした。
「そうでしたか」
先生は、予約票を手元に寄せた。
「動物園でお会いしたんですか?」
「そうです!夜の動物園がやってたんです。仕事帰りでも間に合ったので」
「それはよかったですね」
「それで、カピバラを見てたら、飲み物をこぼしちゃって」
「……はい」
「そしたら、隣にいた人がハンカチを貸してくれたんです」
「そうでしたか」
「その人がね、すごく優しくて。話してたら、なんか楽しくなっちゃって」
私は思い出して、少し笑った。
眼鏡の奥で細くなる目。
笑うと、少しだけ頬がくしゃっとなるところ。
「三浦さんっていうんですけど、なんか、一緒にいてすごく落ち着く人だったんですよね」
先生は、静かにうなずいた。
「いい出会いだったんですね」
「はい」
私は鞄を膝に置き直した。
「……それで、先生。今日は、ちょっと占ってほしいんです」
先生はカードの箱を開いた。
「この人って、運命の人なんですか?」
先生は、少し考えた。
「……それは、難しい気がしますね」
「えっ」
私は顔を上げた。
「占えないんですか?」
「前回も、そこまではわからなかったので」
「……ええ?」
私は、先生を見た。
「じゃあ、何が占えるんですか?」
先生は、少しだけ首をかしげた。
「いろいろ占えますよ」
「いろいろって」
「たとえば、その方とこれからどういう関係になっていく可能性があるか、とか」
「おお」
私は身を乗り出した。
「それです! それが知りたいです」
先生はカードを取り出した。
「ただ、結果はひとつに決まっているわけではありませんから」
「はい」
「あなたがこれからどうするかによっても、変わります」
「……なるほど」
先生はカードを混ぜ始めた。
「では、今のお二人のご縁を見てみましょうか」
「お願いします」
私は三枚選んだ。
先生は順番にめくっていった。
しばらく、カードを見つめている。
「……そうですね」
「はい」
「お互いに、悪い印象は持っていないようですね」
「おお!」
私は嬉しくなった。
「じゃあ、脈ありですか?」
「そこまでは、まだ」
「……先生、慎重ですね」
「まだお互いのことをよく知らないでしょうから」
「まあ、そうですね」
先生は中央のカードを指した。
「ただ、これからもう少し親しくなれる可能性はありそうです」
私は、思わず笑った。
「……よかった」
「気になる方なんですね」
私は少し考えた。
「……はい」
口にしてみると、なんだか恥ずかしかった。
「まだ全然知らない人なんですけどね」
「はい」
「でも、また会いたいなって思うんです」
先生はうなずいた。
「では、まずはそこからですね」
私は、もう一度カードを見た。
「……先生」
「はい」
「相手がどう思ってるかって、占いでわかるんですか?」
「ある程度は。ただ、本人の気持ちを直接聞くのとは違いますから」
「……そっか」
私は、少し考えた。
「じゃあ、今度会ったとき、聞いてみます」
先生が顔を上げた。
「何をですか?」
「私のこと、どう思いますかって」
先生は、一瞬黙った。
「……ずいぶん直接的ですね」
「だめですか?」
「いえ。相手の方が驚かれるかもしれませんが」
私は笑ってしまった。
「……確かに。もうちょっと仲良くなってからにします」
先生は、カードを箱に戻した。
「それがいいかもしれませんね」
私は、鞄に手を伸ばした。
「……あ、そういえば」
「はい」
「三浦さんのハンカチ、カピバラ柄だったんですよ」
「そうなんですね」
「それで、ハンカチを返したいので、連絡先も交換したんです」
「そうでしたか」
先生は、予約票に何か書き込んだ。
それから、ふと私の手元を見た。
「……今日は、狸ネイルじゃないんですね」
「……え?」
先生は少し首をかしげて、両手を胸の前に持ってきた。
見覚えのある形に指を組む。
「……ああ!」
私は思わず声を上げた。
「忍術!」
先生は何も言わず、組んだ手を少しだけ前に出した。
私は笑ってしまった。
「先生、それ、気に入っちゃったんですか?」
先生は手を下ろした。
「……いえ」
「……そんなに印象的な忍術でした?」
先生は何か答えようとしたけれど、ふっと顔を伏せた。
小さく笑っていた。
私は、その顔をなんとなく眺めた。
……へえ。
こんなふうに笑うんだ。
いつも淡々としているから、なんだか少し意外だった。
「先生って、ちゃんと話聞いてますね」
「仕事ですので」
先生は、いつもの調子に戻って答えた。
私は、その横顔を見ながら、ふと思った。
……ちょっとかわいいと思ったじゃないか。
「……先生」
「はい」
「意外とモテるでしょ?」
先生が顔を上げた。
「……何ですか、急に」
「いや、なんとなく」
先生は少し考えた。
「モテるかどうかは知りませんが、パートナーはいますよ」
私は目を丸くした。
「……えっ!」
先生はタロットカードの端を揃えた。
「あ! やっと話してくれた!」
「……何をですか?」
「先生の恋愛の話ですよ! 前はごまかしたじゃないですか」
「時間になっただけですよ」
「絶対逃げたと思ったのに」
「……そうでしたか」
先生は、まったく気にした様子がなかった。
私は少し身を乗り出した。
「えっ、先生のパートナーの方って、どんな人なんですか?」
先生はカードを箱に戻した。
「……秘密ですよ」
「えー!」
「僕だけの話ではありませんので」
「……ああ、そっか」
それは確かにそうだ。
私は椅子に座り直した。
「じゃあ、仲良しですか?」
「……普通ですよ」
「普通って何ですか」
「普通です」
「先生、恋愛相談のときはもうちょっと詳しく聞くじゃないですか」
「今日は僕の相談ではないので」
私は思わず笑った。
「……確かに」
先生は時計を確認した。
「ところで、三浦さんにはいつ連絡されるんですか?」
「あ、そうでした!」
私は鞄からスマートフォンを取り出した。
「ハンカチ、もう洗ったんですよ」
「でしたら、連絡してみてもいいと思いますよ」
「……なんか緊張しますね」
「そうですね」
私は画面を開きながら、先生をちらっと見た。
「先生も、パートナーの方に初めて連絡するときは緊張しました?」
先生は、少しだけ考えた。
「……どうでしょうね」
「また秘密ですか?」
「いえ。昔のことなので」
「えっ、そんなに長いんですか?」
先生は、机の上のカードをもう一度きれいに揃えた。
「……そろそろ、お時間ですね」
先生は、いつもの落ち着いた声で答えた。
私は、笑いながら鞄を持った。
「じゃあ、先生。また来ます」
「はい。お気をつけて」
駅へ向かう途中、スマートフォンを取り出した。
三浦さんに、ハンカチを返したいとメッセージを送る。
送信ボタンを押して、画面を閉じた。
ふと、さっきの先生の顔を思い出した。
忍者の印を結んで、少し顔を伏せて笑ったところ。
……あの人、あんなことするんだ。
なんとなく、また笑ってしまった。
先生にも、知らない顔がある。
まあ、パートナーがいるくらいなんだから、当たり前か。
でも今は、それより。
三浦さんから返事が来るかどうかの方が、ずっと気になっていた。




