運命の人を紹介してください
「運命の人を紹介してください」
「……はあ」
先生は、そう言った。
目の前に座っているのは、占い師の先生だった。
落ち着いた色のシャツに、細い腕時計。机の上にはタロットカードが一組、きれいに置かれている。
知人からよく当たると聞いて来てみたのだけれど、想像していたよりずっと普通の人だった。
「紹介、ですか」
「はい」
「……占いではなく?」
「できれば紹介までお願いしたいです」
先生は少し黙った。
「うちは、そういうサービスはしていないんですが」
「ですよねえ」
私はうなずいた。
「さすがにそうですよね」
「……はい」
「でも、もしかしたら、と思って」
「何をですか?」
「占い師さんなら、そういう人脈もあるのかなって」
先生は、ほんの少し眉を上げた。
「……どんな人脈を想像されてるんですか」
「運命の人同士をつなぐ、占い師さんのネットワークみたいな」
先生はしばらく私を見ていた。
「……ないですね」
「ですよね」
「では、今日は恋愛についてのご相談でよろしいですか」
「はい。お願いします」
先生は予約票に目を落とした。
「まず、今の状況を少し伺ってもいいでしょうか」
「はい」
「現在、お付き合いされている方はいらっしゃいますか」
「いません」
「気になっている方は?」
「いませんね」
「最近、お別れされました?」
「……してないです」
先生が顔を上げた。
じろっと、こちらを見る。
私は、何でもない顔をした。
先生は、そのまま数秒ほど私を見ていた。
「…………」
「……何ですか」
「いえ」
「本当ですよ」
「まだ何も言ってませんが」
私は口を閉じた。
先生は少し考えてから、手元の予約票に目を戻した。
「……まあ、そういうことにしておきますよ」
「なんですか、それ」
「いえ。お話ししたくないことまで、伺うつもりはありませんので」
「……ああ」
先生は、ごく普通の調子で続けた。
「ただ、今のお気持ちは占いにも関係しますから。話したくなったら、教えてください」
私は、膝の上で手を組んだ。
別に、隠すほどのことでもない。
たった二週間前に、彼氏と別れた。
それだけだ。
二年近く付き合っていた。
ちゃんと好きだったし、向こうも好きでいてくれたと思う。
でも、最後はうまくいかなかった。
思い出したくないのに、ふとした瞬間に思い出す。
だから、今日は絶対にその話をしないと決めてきた。
運命の人を見つけに来たんだ。
過去の恋愛の反省会をしに来たんじゃない。
「……じゃあ、未来の話をしましょう」
私が言うと、先生はうなずいた。
「そうしましょうか」
先生はカードを取り出した。
慣れた手つきで混ぜていく。
「どういう方と出会いたいですか?」
「うーん」
私は考えた。
「一緒にいて面白い人ですかね」
「面白い人」
「はい。何でもない話をしてても、楽しい人がいいです」
「なるほど」
「あと、私の話を聞いてくれる人」
「はい」
「でも、ただ聞いてくれるだけじゃなくて、その人自身の考えも聞きたいです」
先生はうなずいた。
「会話ができる方、ということですね」
「そうです」
「ほかには?」
私は少し考えた。
「……あんまり、急にいなくならない人がいいです」
言ってから、しまった、と思った。
先生の手が止まった。
私は慌てて付け足した。
「あ、別に、物理的にってことじゃなくて」
「はい」
「転勤とかは全然いいんですけど」
「はい」
「なんか、こう……」
うまく言えなかった。
先生は、続きを待っていた。
私は首を振った。
「……やっぱり、今のなしで」
先生は少し黙って、それからうなずいた。
「わかりました」
何も聞かれなかった。
そのことに、少しほっとした。
私は三枚のカードを選んだ。
先生は一枚ずつめくっていく。
最後の一枚を開いたところで、少しだけ表情が変わった。
「……そうですね」
「何かわかりました?」
「今は、無理に新しいご縁を探さなくてもよさそうです」
私は顔をしかめた。
「えっ」
先生はカードを見ながら続けた。
「少し、立ち止まる時期なのかもしれません」
「……でも、私、運命の人を探しに来たんですけど」
「そうでしたね」
「見つからないんですか?」
「見つからないとは言っていませんよ」
先生は、中央のカードに指を置いた。
「ただ、出会いを急ぐ必要はない、ということです」
私はカードを見た。
描かれている女の人が、こちらを見返している。
「……先生」
「はい」
「私、別に急いでないですよ」
先生が顔を上げた。
「そうですか?」
「はい」
先生は、少し考えた。
「……では、ひとつ伺ってもいいですか」
「どうぞ」
「どうして今日、運命の人を紹介してほしいと思ったんですか?」
私は、口を開いた。
それから閉じた。
どうしてだろう。
彼氏と別れたから。
もう悲しい思いをしたくないから。
今度こそ、ちゃんと好きになれる人と出会いたいから。
でも、そんなことを言うつもりはなかった。
「……なんとなくです」
先生は、私を見た。
「……そうですか」
「はい」
鑑定が終わる頃には、私はずいぶん落ち着いていた。
運命の人がいつ現れるのか、結局はっきりとはわからなかった。
ただ、新しい人との出会いはありそうだということ。
今は少し、自分の時間を大切にした方がいいということ。
そんな話を聞いた。
「……なんか」
私は鞄を持ちながら言った。
「普通のアドバイスでしたね」
先生は顔を上げた。
「そうですか」
「はい。もっと未来のこと、ずばっと言われるのかと思ってました」
先生は、机の上のカードを揃えた。
「必要なときには、お伝えしますよ」
「今日は必要なかったんですか?」
先生は少し考えた。
「……今は、あまり先のことを決めつけない方がいい気がしましたので」
私は、先生を見た。
「……先生って、本当に未来が見えるんですか?」
少し失礼な質問だったかもしれない。
でも、気になった。
先生は怒らなかった。
「そうですね。見えることはあります」
「へえ」
「ただ、見えたことを全部お話しするわけではないんです」
「……なんでですか?」
「それを聞いたせいで、選ばなくなる道もありますから」
私は黙った。
先生は静かに続けた。
「ご自分で決めた方がいいこともありますよ」
なんだか、変な占い師だった。
未来が見えるのに、未来を教えたがらない。
私は少し考えてから聞いた。
「……先生は、自分の未来も見えるんですか?」
先生は顔を上げた。
「僕ですか?」
「はい」
「……自分のことは、あまり得意ではないですね」
「そうなんですか」
「はい」
私は真面目に考えた。
「……不便ですね」
先生が少し笑った。
「そうですね」
「でも、ちょっと公平ですね」
先生は、今度は不思議そうな顔をした。
「公平?」
「だって、先生だけ自分の人生の攻略本持ってたら、ずるいじゃないですか」
「……なるほど」
「じゃあ、先生も普通に悩むんですね」
「悩みますよ」
「恋愛も?」
先生は、少しだけ眉を上げた。
「……そろそろ、お時間ですね」
私は笑ってしまった。
「逃げた」
「時間ですので」
先生は時計を示した。
本当に時間だった。
「じゃあ、また」
「お気をつけて」
扉を閉めた。
外に出ると、夕方の風が冷たかった。
スマートフォンを開く。
二週間前から、ずっと開かないようにしていたトーク画面があった。
もう連絡の来ない人。
私は少し迷ってから、それを閉じた。
先生には、失恋したことを話さなかった。
別に知られたって構わなかったのに。
どうしてだろう。
何かを話したら、急に泣いてしまいそうだったからかもしれない。
でも、あの人は無理に聞こうとしなかった。
「……そういうことにしておきますよ」
私は、思い出して少し笑った。
変な先生。
占い師なのに、妙に現実的で。
こっちが隠していることに気づいても、知らないふりをしてくれる。
私はスマートフォンをしまった。
来月になったら、また行ってみようか。
そのときは、もう少しちゃんと話せる気がする。
そう思いながら、駅に向かった。




