第三百五十五話 秋香るヤマメの湯漬け
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
早朝。
館の台所では、料理番が朝餉の支度をしていた。
前日に焼いたヤマメ、皮が残っていた。
祐兵はそれを見て、ふと思いついた。
「今日は、このヤマメを使って湯漬けにしてみようと思う」
「湯漬けですか。朝にはちょうどよさそうですな」
豊久が興味深そうに膳の方を覗いた。
「焼いたヤマメの身をほぐして、飯にのせる。皮はもう一度炙って香ばしくしよう。それから大葉を刻んで添えれば、さっぱりと食べられるはずだ」
「それは美味そうです。大葉の香りも、ヤマメによく合いそうですな」
料理番は祐兵の言葉に従い、さっそく支度を始めた。
まず、残しておいたヤマメの皮を火にかざして、軽く炙る。
ぱちり、と小さな音がして、皮から香ばしい匂いが立ち上った。
表面がぱりっとしたところで火から下ろし、食べやすい大きさに切る。
大葉は水で洗い、細かく刻んでいく。
包丁を入れるたび、青々とした爽やかな香りが台所に広がった。
「大葉の香りがよいですな」
豊久は炙ったヤマメの皮を眺めながら言った。
「魚の香ばしさに、この香りが加われば、味に変化が出るでしょう」
祐兵も出来上がりを楽しみにしていた。
やがて、温かな飯が二人の膳に運ばれてきた。
飯の上に炙った皮を添え、最後に刻んだ大葉を散らした。
別の器には、湯が用意されている。
「これに湯をかければよいのですな」
「ああ。まずは少しずつ注いでみよう」
祐兵が器を傾け、熱い湯を飯の縁から静かに注いだ。
湯気とともに、ヤマメの香ばしい匂いが立ち上る。
炙った皮からは焼き魚の香りが広がり
大葉の爽やかな香りがそれを引き立てていた。
「これは、食べる前から楽しみになりますな」
豊久は箸を手に取った。
二人はまず、湯を含んだ飯とヤマメの身を一緒に口へ運んだ。
「うむ。これは美味い」
祐兵は思わず頷いた。
ヤマメの皮は湯を含んで柔らかくなり、魚の旨味が飯に馴染んでいる。
そこへ大葉の香りが加わり、後味はさっぱりとしていた。
炙った皮を噛む。
ぱりっとした食感と香ばしさが
柔らかな飯の中でよいアクセントになっていた。
「皮がよいですな。炙り直したことで、香りも食感も際立っております」
「大葉もよく合う。ヤマメの旨味を邪魔せず、すっきりとまとめてくれる」
「焼き魚として食べるのとは、また違った味わいですな」
「同じ魚でも、こうして食べ方を変えるだけで楽しみが広がるものだ」
二人は時折、湯を足しながら、ゆっくりと湯漬けを味わった。
膳のそばでは、小春と黒猫が並んで座っている。
湯気の立つ器を不思議そうに眺めていたが
魚の匂いには敏感なようで、二匹とも祐兵の方を見上げた。
「お前たちにも、ヤマメの皮を少し分けてやろう。ただし、熱い湯漬けではなく、冷ましてからだ」
祐兵は炙って冷ましたヤマメの皮を、小皿に分けてやった。
小春はすぐに食べ始め、黒猫も隣で静かに口をつけた。
「二匹も気に入ったようですな」
「昨日の塩焼きとは違うが、こちらも美味いのだろう」
豊久は二匹の様子を見て笑った。
やがて、二人の器は空になった。
「朝から、よいものをいただきました」
豊久は満足そうに膳を下ろした。
「ヤマメの皮を炙り、大葉を刻んで添える。簡単だが、なかなかよい食べ方だな」
「またヤマメが手に入ったら、ぜひ作ってもらいましょう」
「そうだな。今度は別の魚でも試してみたいものだ」
朝餉を終えた二人は、縁側へ出た。
十月の朝風はひんやりとしていたが
温かな湯漬けを食べた身体には心地よかった。
小春と黒猫も並んで縁側に座り、庭を眺めている。
秋の澄んだ空の下、二人と二匹は穏やかな朝のひとときを過ごした。
釣った魚を最後まで美味しくいただく。
そんな小さな工夫も、秋の暮らしを豊かにしてくれるのだった。




