第三百五十話 秋の栗ごはん
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝の鍛錬を終えた二人は、庭から館へ戻った。
秋の朝は涼しかったが、木刀を振った体には心地よい汗が残っている。
伊東祐兵は縁側に腰を下ろし、庭を眺めた。
その足元では、小春と黒猫が寄り添っている。
「腹が減ったな」
祐兵が言うと、島津豊久が笑った。
「鍛錬をしましたからな。朝餉が楽しみです」
「そうだな。昨日拾った栗もある」
縁側には、昨日山で拾った栗が籠に入れて置いてあった。
二人は籠を持って台所へ向かった。
「今日は栗ごはんにするか」
「よいですな」
豊久は嬉しそうに頷いた。
小春と黒猫も二人の後についてくる。
台所へ入ると、まず栗を一つずつ取り出した。
硬い皮に包まれた栗を眺めながら、豊久が言う。
「昨日は山で拾っただけでしたが、こうして見ると立派なものですな」
「ああ。山の恵みだな」
二人は栗の皮をむき始めた。
硬い皮を少しずつ削り、中の実を取り出していく。
栗の淡い黄色の実が姿を現すと、二人はそれを水で洗った。
小春は台所の隅から栗を眺めている。
黒猫もその隣に座っている。
「昨日は匂いを嗅いだだけだったな」
祐兵が小春を見る。
小春は栗をじっと見ている。
黒猫も同じように見つめていた。
「食べられるものになると分かれば、興味が出るかもしれませんな」
「そうかもしれないな」
二人は米を研いだ。
水を張った鍋に米を入れ、そこへむいた栗を並べる。
少し塩を加える。
準備ができると、火を入れた。
しばらくすると、鍋の中から湯気が立ち始める。
米が炊ける匂いに、栗の甘い香りが重なっていく。
豊久が鍋を覗き込んだ。
「よい匂いですな」
「ああ」
祐兵も香りを確かめる。
鍛錬を終えたばかりの体には、その匂いがいっそう食欲を誘った。
小春と黒猫も台所の入り口までやってきた。
二匹は鼻を動かし、炊き上がっていく栗ごはんの匂いを嗅いでいる。
「今度は興味があるようだな」
祐兵が笑った。
やがて、鍋の中から湯気が勢いよく立ち上った。
米が炊き上がった。
火を止め、しばらく蒸らす。
二人は待ちきれない様子で鍋を眺めていた。
「もうよいでしょうか」
豊久が尋ねる。
「もう少しだな」
「そうですか」
豊久は名残惜しそうに鍋を見た。
しばらくして、祐兵が蓋を開ける。
白く炊き上がった米の中に、黄色い栗がいくつも並んでいた。
湯気とともに、栗の甘い香りがふわりと広がる。
「これはうまそうだ」
「見事ですな」
二人は栗を崩さないように、しゃもじで米をゆっくり混ぜた。
栗の一部がほろりと崩れ、米に混ざる。
栗の甘い香りがさらに広がった。
茶碗によそい、二人で縁側へ運ぶ。
「いただこう」
祐兵が栗ごはんを口に運ぶ。
ふっくらと炊けた米の甘みに、栗のほのかな甘さが重なる。
栗はほくほくとしていて、噛むほどに自然な甘みが広がった。
「うまいな」
「ええ。これはうまいですな」
豊久も嬉しそうに栗ごはんを頬張った。
「昨日、山で拾った栗がこうなるとはな」
「自分たちで拾ったものですから、なおさら美味しく感じますな」
「そうだな」
二人は黙々と食べた。
鍛錬の後ということもあり、箸が進む。
小春と黒猫も二人の足元に座り、食事の様子を見上げている。
「二匹にも少し分けてやろう」
祐兵は栗ごはんの栗を少し取り分けた。
冷ましてから、小さくして二匹の前へ置く。
小春が匂いを嗅ぐ。
黒猫も顔を近づける。
小春が先に口をつけた。
続いて黒猫も食べ始める。
二匹とも、ゆっくりと栗を味わっている。
「気に入ったようですな」
「そうだな」
二人は笑った。
栗ごはんを食べ終える頃には
朝の鍛錬で感じていた疲れもすっかり心地よいものになっていた。
祐兵は茶碗を置き、満足そうに息を吐く。
「鍛錬の後に食べる飯は、やはりうまいな」
「しかも今日は、昨日自分たちで拾った栗ですからな」
「ああ。秋を食べているような気分だ」
庭から秋風が吹き込んでくる。
小春と黒猫は
食べ終えると二匹並んで日当たりのよい場所へ移動した。
祐兵と豊久は
そんな二匹を眺めながら、しばらく縁側で休んだ。
「今日はよい朝だったな」
祐兵が言う。
「ええ。鍛錬をして、栗ごはんを食べる。秋らしい一日ですな」
「そうだな」
庭の木々が風に揺れる。
秋の陽が穏やかに館を照らしていた。
昨日山で拾った栗は、二人の腹を満たし、秋の味わいを届けてくれた。
二人と二匹は、静かな朝の余韻を楽しんでいた。




