第三百四十八話 秋山の栗拾い
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝。
館の庭には、涼しい秋風が吹いていた。
伊東祐兵は縁側から庭を眺めながら
ふと山の方へ目を向けた。
「栗の時期だな」
隣にいた島津豊久が顔を上げる。
「もう栗が落ちている頃ですか」
「ああ。山へ行けば、いくつか拾えるかもしれない」
その言葉を聞いた小春が立ち上がった。
黒猫もすぐに小春の隣へ寄る。
「二匹とも、行きたいらしいですな」
「そうだな。今日は栗拾いに行くか」
二人と二匹は、山へ向かう支度をした。
館を出て、城下町を抜ける。
さらに道を進むと、次第に人の声が遠くなり
木々の間から秋の山の匂いが漂ってきた。
山道には落ち葉が増えている。
小春と黒猫は並んで歩きながら
時折立ち止まっては草むらを覗き込んでいた。
「栗を探しているのかもしれませんな」
「まだ栗を見たこともないだろうに」
祐兵は笑った。
山の中へ入ると、栗の木が見えてきた。
地面には、ところどころ茶色い毬が落ちている。
その中には、割れた毬から栗が顔を出しているものもあった。
「おお、ありますな」
豊久が嬉しそうに声を上げる。
「これなら拾えそうだ」
二人は落ちている栗を探し始めた。
ただし、毬には鋭い棘がある。
祐兵は木の枝を使い、毬をそっと転がした。
「この中にもあるな」
「本当ですな」
豊久も枝を使って毬を動かす。
中から艶のある栗が転がり出た。
小春が近づいてきて、栗をじっと見つめる。
黒猫も隣から覗き込んだ。
「これは二匹には食べにくいだろうな」
祐兵が栗を拾い上げる。
小春は栗の匂いを嗅いだ。
黒猫も同じように匂いを嗅ぐ。
しかし、二匹ともすぐに興味を失ったらしい。
「どうやら、栗にはそれほど興味がないようですな」
「猫らしいな」
二人は笑った。
それでも二匹は二人のそばを離れない。
祐兵が栗を拾えば、小春もその近くへ行く。
豊久が別の場所へ移れば、黒猫も一緒についていく。
二匹はいつものように一緒だった。
しばらくすると、籠の中には栗が少しずつ増えていった。
「思ったより拾えましたな」
豊久が籠を覗き込む。
「これだけあれば十分だろう」
祐兵も頷く。
すると、小春が少し離れた場所で立ち止まった。
「どうした?」
祐兵が近づく。
そこには、大きな栗の毬がいくつも落ちていた。
その中には、毬から栗がいくつもこぼれているものがある。
「ここにもたくさんありますな」
豊久がやってきた。
二人は慎重に栗を拾い集める。
小春と黒猫はその周囲を歩き回りながら
二人の作業を眺めていた。
やがて籠はいっぱいになった。
「これ以上は持てないな」
「そうですな。十分でしょう」
祐兵は籠を持ち上げた。
思ったより重い。
「これは帰ってからが楽しみだな」
「どのように食べましょうか」
「焼いてもよいし、茹でてもよい。栗飯にするのもよいな」
「それは楽しみですな」
豊久が笑う。
二人と二匹は山を下り始めた。
帰り道、秋の風が木々の間を通り抜ける。
頭上では木の葉が揺れ、ところどころから鳥の声が聞こえてくる。
小春と黒猫は、疲れたのか少し歩く速度を落としていた。
祐兵が立ち止まる。
「少し休むか」
二匹はすぐに二人のそばへ戻ってきた。
木の根元で休みながら、祐兵は山を見上げた。
「秋になったな」
「ええ。少し前まで暑かったのが嘘のようですな」
「季節が変わるのは早いものだ」
風が吹く。
木の葉がさらさらと音を立てた。
やがて二人は立ち上がり、再び歩き始めた。
館へ戻る頃には、日も少し傾き始めていた。
「たくさん拾えましたな」
豊久が籠を見ながら言う。
「ああ。今日はよい収穫だった」
小春と黒猫は庭へ入ると、日当たりのよい場所へ向かった。
二人は拾ってきた栗を縁側に置き、一つずつ眺める。
茶色い皮には艶があり、秋の山の恵みを感じさせた。
「これを明日、食べるとしよう」
「どの料理にするか、考えておきましょう」
「そうだな」
祐兵は栗を一つ手に取った。
山で拾ったばかりの栗。
その重みが、なんとなく嬉しかった。
小春と黒猫も栗の入った籠を覗き込む。
だが、やはり二匹には食べ物というより
見慣れない丸い物にしか見えないらしい。
二匹は顔を見合わせると、栗から離れて並んで座った。
「やはり興味がないようだな」
祐兵が笑う。
豊久も笑った。
「二匹には二匹の楽しみがありますからな」
秋の夕暮れが、静かに館を包んでいく。
山で拾った栗が籠の中に並んでいる。
明日は、この栗をどう料理するか。
二人はそんなことを話しながら、秋の夜を迎えた。




