第三百四十七話 秋の城下
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
秋の空は高く、館の庭には涼しい風が吹いていた。
伊東祐兵は縁側に座り、庭を眺めていた。
昨夜は中秋の名月をゆっくりと眺めた。
月明かりの下で過ごした時間が心地よかったのか、今朝は目覚めもよい。
「今日は城下町を歩いてみるか」
祐兵が言うと、隣にいた島津豊久が頷いた。
「よいですな。最近は館の周りを歩くことが多かったですからな」
その言葉を聞いた小春が立ち上がる。
黒猫もすぐに小春の隣へ寄った。
「二匹とも行く気満々だな」
祐兵が笑う。
「では、参りましょう」
二人と二匹は館を出た。
城下町へ続く道には、朝の人々が行き交っている。
秋の風が心地よく、夏の頃とは明らかに違う涼しさがあった。
小春と黒猫は並んで歩いている。
二匹とも時折立ち止まり、道端の草や石の匂いを確かめていた。
「今日はずいぶん機嫌がよいようですな」
豊久が二匹を見ながら言う。
「昨日の月見が気に入ったのかもしれないな」
「猫も月を楽しむものですか」
「どうだろうな」
祐兵は笑った。
城下町へ入ると、いつものように人々が忙しく動いていた。
店先では品物が並べられ、道端では荷を運ぶ者がいる。
二人の姿に気づいた町人が頭を下げた。
「おはようございます」
「おはよう」
祐兵も穏やかに返す。
しばらく歩いていると、以前にも会った犬が家の前に座っているのが見えた。
犬は二人と二匹を見つけると、すぐに立ち上がった。
尻尾を大きく振っている。
「おや」
豊久が笑った。
小春と黒猫も犬のところへ近づいていく。
三匹は互いに匂いを確かめると、すっかり慣れた様子で並んだ。
「すっかり友達ですな」
「そうだな」
犬の飼い主も家から出てきた。
「今日も来てくれたのかい」
「散歩の途中でな」
祐兵が答える。
飼い主は嬉しそうに犬の頭を撫でた。
犬は小春と黒猫を気にしながらも、嬉しそうに尻尾を振っている。
しばらく犬と遊んだ後、二人と二匹は再び歩き始めた。
城下町の奥へ進む。
道の脇には秋の草花が咲いている。
小春が花の匂いを嗅ぐと
黒猫もその隣で同じように顔を近づけた。
「二匹とも同じものが気になるようですな」
「いつも一緒だからな」
祐兵は二匹を眺めながら言った。
やがて、小さな川へ出た。
水面には朝の光が反射している。
二人は川沿いの道をゆっくり歩いた。
「こうして歩いていると、体の調子が戻ってきたことがよく分かりますな」
豊久が言った。
祐兵は歩みを止めずに頷いた。
「ああ。少し前なら、ここまで歩くことも控えていたからな」
「今は顔色もよいです」
「心配をかけたな」
「いえ。元気になられたのなら、それでよいのです」
祐兵は少し笑った。
川辺では、子どもたちが遊んでいる。
小春と黒猫がその様子を眺めていると
子どもの一人が近づいてきた。
「猫だ」
小春は少しだけ子どもを見た。
黒猫も隣から様子をうかがっている。
子どもは手を伸ばそうとしたが、母親らしい女性が呼び止めた。
「驚かせてはいけませんよ」
「うん」
小春と黒猫は、しばらく子どもたちを眺めていた。
やがて興味を失ったのか
二匹そろって祐兵のところへ戻ってきた。
「帰ってきたな」
祐兵が小春の頭を撫でる。
黒猫もその横に座った。
二人と二匹は、そのまま川沿いを進んだ。
昼が近づくにつれ、城下町は少しずつ賑やかになっていく。
店先からは料理の香りが漂ってくる。
豊久がその香りに気づき、足を止めた。
「よい匂いですな」
「腹が減ってきたな」
「では、そろそろ館へ戻りますか」
「ああ。今日は十分歩いた」
二人と二匹は来た道を戻っていった。
帰り道でも、犬のいる家の前を通った。
犬はまだ庭先にいた。
小春と黒猫が通り過ぎると、犬が嬉しそうに尻尾を振る。
「またな」
祐兵が声をかける。
犬は返事をするように一度だけ鳴いた。
やがて館が見えてきた。
祐兵は門をくぐると、軽く息を吐いた。
疲れはある。
だが、嫌な疲れではない。
「よい散歩だったな」
「ええ。祐兵殿の調子も、すっかり戻ってきたようですな」
「そうだな」
小春と黒猫も庭へ入ると
二匹そろって日当たりのよい場所へ向かった。
祐兵と豊久は縁側に腰を下ろす。
秋の風が、庭を静かに吹き抜けていく。
「城下町は、いつ歩いても面白いものだ」
「また歩きに参りましょう」
「ああ。今度は別の道も歩いてみよう」
二人の足元では、小春と黒猫が寄り添っている。
穏やかな秋の一日。
いつもの仲間と歩く城下町は
何気ない景色の一つ一つまで、ゆっくりと心に残るものだった。




