第三百三十七話 雉の災い
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月の朝。
館の庭では
小春と黒猫が並んで遊んでいた。
二匹はいつものように
互いのそばを離れずにいる。
一方、祐兵は布団の中にいた。
昨夜から
腹の具合がおかしかった。
今朝になってからは
腹の痛みが強くなっている。
「う……」
祐兵は腹を押さえた。
その様子を見て
豊久が心配そうに近づく。
「祐兵殿、まだ痛みますか」
「ああ。かなり痛い」
「昨日の雉が原因でしょうか」
「たぶんそうだろうな」
祐兵は
昨日の夕餉を思い出した。
雉の肉を食べた時
一切れだけ中心に赤みが残っていた。
その時は気にせず食べた。
「十分に火が通っていなかった肉を食べたからな」
「それなら、薬師殿を呼びましょう」
豊久が立ち上がった。
「そこまでしなくても……」
「いけません。腹を壊しているのですから、診てもらった方がよいです」
「分かった」
豊久はすぐに館の者へ声を掛け
二人が以前から世話になっている
馴染みの薬師を呼びに行かせた。
ほどなくして
薬師が館へやって来た。
「これはこれは、祐兵殿。具合が悪いと聞きましたが」
「すまないな」
薬師は祐兵の顔色を見て
腹の具合を尋ねた。
いつから痛み始めたのか。
どのような痛みなのか。
食事は何を食べたのか。
祐兵は
昨日の雉のことを話した。
「雉ですか」
「ああ。昨日、山で仕留めたものを料理した」
「肉の中に赤みが残っていたものを食べませんでしたか」
「一切れだけ、十分に火が通っていなかった」
薬師は頷いた。
「それが原因の可能性がありますな。腹を休ませるのがよいでしょう」
薬師は祐兵の腹の様子を確かめ
体調に合わせて薬を調合した。
薬草を取り出し
すり鉢ですり潰す。
部屋には
青臭さのある薬草の香りが広がった。
それを湯で煎じる。
しばらくすると
苦みのある独特の香りが漂い始めた。
「苦そうですな」
豊久が言う。
「薬ですからな。味は我慢してくだされ」
薬師が笑う。
祐兵は
湯気の立つ薬を受け取った。
一口飲む。
苦みが舌いっぱいに広がった。
「……苦いな」
「効き目はありますぞ」
薬師が答える。
祐兵は
顔をしかめながら少しずつ飲んだ。
その様子を
小春と黒猫が並んで見ている。
二匹とも
いつものように元気に遊ぶことはなく
祐兵のそばに座っていた。
「小春殿も黒猫も、心配しているようですな」
豊久が言う。
小春は
祐兵の手に鼻を寄せた。
黒猫も隣から顔を近づける。
「大丈夫だ」
祐兵は
二匹の頭をそっと撫でた。
薬師はその様子を見て
穏やかに笑った。
「この二匹がそばにいるなら、心強いですな」
「いつも一緒なんです」
豊久が答える。
薬師は
しばらく祐兵の様子を見ていた。
「今日は無理に食べないことです。腹が落ち着いたら、消化のよいものを少しずつ」
「分かった」
「それと、雉の肉はしっかり火を通してくだされ」
「気をつける」
薬師は笑って頷いた。
「では、今日はゆっくり休んでくだされ」
薬師が帰った後も
豊久は祐兵のそばに残った。
小春と黒猫も
二人のそばにいる。
昼頃。
薬が効き始めたのか
祐兵の腹の痛みが少しずつ和らいできた。
「少し楽になった」
「それは良かったですな」
豊久が安心したように笑う。
祐兵は
温めた湯を少しずつ飲んだ。
腹に負担を掛けないよう
ゆっくりと口にする。
小春が
祐兵の布団のそばに丸くなる。
黒猫も
その隣で丸くなった。
二匹はぴったり寄り添っている。
「二匹とも、ずっとそばにいますな」
「心配しているんだろうな」
祐兵は
小春と黒猫を見ながら微笑んだ。
夕方になる頃には
腹の痛みはさらに軽くなっていた。
まだ本調子ではない。
それでも
朝よりずっと楽だった。
「明日にはもっと良くなりそうですな」
「そうだな」
祐兵は頷いた。
「しかし、雉は美味かったな」
「美味しかったからこそ、惜しいところですな」
豊久が笑う。
「次はしっかり火を通そう」
「はい。それが一番です」
二人が話していると
小春が小さく鳴いた。
黒猫も
その隣で鳴く。
「二匹にも言われているようですな」
「そうかもしれないな」
祐兵は笑った。
九月の夕暮れ。
館の外では
秋の虫が静かに鳴いている。
祐兵は布団の中で休み
豊久はそのそばにいる。
小春と黒猫も
二人の間で寄り添っている。
馴染みの薬師に診てもらい
薬を飲んだことで
祐兵の腹の痛みは少しずつ治まっていった。
この日はもう無理をせず
皆で静かに夜を迎えるのだった。




