↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祐兵さんと豊久くん ――日向の空の下で――  作者: Gさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
339/360

第三百三十六話 雉の夕餉

祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介


祐兵(すけたか)さん…伊東祐兵《いとうすけたか》。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。

豊久(とよひさ)くん…島津豊久《しまづとよひさ》。島津氏家臣で、島津家久《しまづいえひさ》の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。

小春(こはる)と黒猫…二人の飼い猫

狩りを終えた、昼下がり。


館の台所から


包丁の音が静かに響いていた。


伊東祐兵《いとう すけたか》と島津豊久《しまづ とよひさ》は


今日の昼に山で仕留めた雉を料理していた。


小春《こはる》と黒猫も


二人の足元に並んでいる。


二匹は先ほどから


鼻をひくひくさせていた。


山で嗅いだ草や土の匂いとは違う。


新鮮な肉の匂いが


台所の中に漂っている。


「立派な雉ですな」


豊久《とよひさ》が雉を眺める。


「ああ。身もしっかりしている」


祐兵《すけたか》は答え


料理の支度を始めた。


羽を取り


身をきれいにする。


肉を切り分けると


赤みのある身から


山鳥らしい濃い香りが立ち上った。


鶏とは少し違う。


野山を歩いてきた鳥らしい


力のある匂いだった。


小春《こはる》の耳が


ぴんと立つ。


黒猫も


じっと雉を見つめている。


「二匹とも、気になるようですな」


「腹が減っているのだろう」


祐兵《すけたか》が笑った。


まずは雉の肉を鍋に入れる。


水を加え


火にかける。


しばらくすると


鍋の中から小さな泡が浮かび始めた。


やがて湯が温まり


雉の肉から旨味が少しずつ溶け出していく。


立ち上る湯気には


肉の香りが混じっていた。


最初は少し野趣のある香りだった。


それが煮込むにつれて


丸みのある香りへ変わっていく。


「良い匂いになってきましたな」


豊久《とよひさ》が鍋を覗く。


「ああ。もう少し煮よう」


祐兵《すけたか》は灰汁を丁寧に取った。


表面に浮いた灰汁をすくうたび


汁が少しずつ澄んでいく。


火を弱める。


鍋の中では


雉の肉が静かに揺れている。


そこへ野菜を加える。


野菜の甘い香りが


雉の香りと重なった。


肉の濃い旨味。


野菜の柔らかな甘み。


それらが湯の中で一つになっていく。


台所いっぱいに


食欲を誘う香りが広がった。


小春《こはる》が


鍋の近くまで歩いてくる。


黒猫もその後ろをついてくる。


二匹は並んで座り


鍋から立ち上る湯気を見つめていた。


「まだ食べられませんぞ、小春《こはる》殿」


豊久《とよひさ》が笑う。


小春《こはる》は


「にゃあ」と鳴いた。


黒猫も


小さく鳴く。


「分かっているのかもしれないな」


祐兵《すけたか》が笑った。


しばらく煮込むと


雉の肉は箸で触れるだけで


ほろりと崩れそうなほど柔らかくなっていた。


鍋の蓋を少し開ける。


湯気がふわりと立ち上がる。


その瞬間


濃くなった雉の香りが


一気に台所へ広がった。


野鳥らしい力強い香りは残っている。


だが、嫌な強さではない。


長く煮込んだことで


肉の脂と旨味が溶け合い


落ち着いた深い香りになっていた。


「これは美味そうですな」


豊久《とよひさ》が


思わず声を漏らす。


祐兵《すけたか》も頷く。


「もう良いだろう」


鍋を火から下ろす。


器に汁をよそう。


湯気とともに


雉と野菜の香りが立ち上った。


豊久《とよひさ》は


まず汁を一口飲んだ。


口に入れた瞬間


雉の旨味が広がる。


濃すぎるわけではない。


それでも


一口飲んだだけで


山鳥の持つ力強い味が分かる。


後から野菜の甘みが追いかけてきて


最後にはすっきりとした味わいが残った。


「……美味いですな」


豊久《とよひさ》が


ゆっくり息を吐く。


「そうだな」


祐兵《すけたか》も汁を口にする。


雉の肉は


思っていた以上にしっかりとした味があった。


噛むと


肉の旨味がじわりと広がる。


柔らかく煮えているが


鶏肉よりも歯応えがある。


噛むほどに


野山を駆けた鳥らしい力強い味が出てくる。


それを汁が包み込む。


「肉も良い」


「歯応えがありますな」


「だが、硬くはない」


「確かに」


豊久《とよひさ》は


もう一口肉を食べる。


今度は汁と一緒に味わった。


肉の濃い旨味。


汁の柔らかな味。


野菜の甘み。


三つが合わさることで


一層味わい深くなる。


「山でいただいた雉が、こうして料理になると格別ですな」


「自分たちで狩ったから、余計にそう感じるのかもしれないな」


祐兵《すけたか》が答える。


小春《こはる》と黒猫にも


雉の肉を少し取り分けた。


熱が冷めるまで待ってから


二匹の前へ置く。


小春《こはる》が


鼻を近づける。


匂いを確かめるように


何度か嗅ぐ。


そして


小さく一口。


もぐもぐと口を動かす。


黒猫も隣で食べ始めた。


二匹とも


ゆっくり味わっている。


小春《こはる》は一度顔を上げ


祐兵《すけたか》を見る。


「気に入ったようだな」


小春《こはる》は


再び肉を食べ始めた。


黒猫も負けじと食べる。


二匹は並んだまま


最後まで仲良く食べ続けた。


食事が終わる頃には


外は夕暮れになっていた。


庭へ出ると


涼しい秋風が吹いている。


小春《こはる》と黒猫は


食後の満足感からか


二匹並んで縁側に座っていた。


小春《こはる》が黒猫の体に寄り添う。


黒猫も動かない。


二人は縁側から


そんな二匹を眺めていた。


「今日は良い一日でしたな」


豊久《とよひさ》が言う。


「ああ」


祐兵《すけたか》は


夕焼けに染まる空を眺めた。


朝は山へ入り


雉を追った。


そして今は


その雉を皆で分けて食べた。


山の恵みを


無駄なくいただく。


それだけのことだった。


だが


二人と二匹で過ごした一日は


心に残るものとなった。


台所には


まだ雉の汁の香りがわずかに残っている。


小春《こはる》と黒猫は


満腹になった腹を休めるように


寄り添っている。


九月の夕暮れ。


館には


穏やかな時間が流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。