第三百三十五話 秋野の雉
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月の朝。
館の庭には
朝露が残っていた。
草の葉に宿った露が
朝日を受けてきらりと光っている。
伊東祐兵と島津豊久は
狩りの支度をしていた。
今日は山へ入り
雉を狩る予定だった。
祐兵は弓を手にし
豊久は狩りの道具を整えている。
その二人の足元には
小春と黒猫が並んでいた。
二匹とも
これから出かけることが分かっているのか
落ち着かない様子で二人を見上げている。
「二匹とも行く気満々ですな」
豊久が笑った。
小春が
「にゃあ」と鳴く。
黒猫も
小さく鳴いた。
「二匹とも一緒なら大丈夫だろう」
祐兵が言う。
「では、参りましょう」
二人と二匹は
館を出た。
城下町を抜け
山へ続く道を歩いていく。
小春と黒猫は
並んで二人の前を歩いた。
時々立ち止まっては
互いに顔を見合わせる。
そしてまた
二匹そろって歩き始める。
「仲が良いものですな」
豊久が言う。
「いつも一緒だからな」
祐兵が答えた。
山道に入ると
空気が少し変わった。
木々の間から差し込む朝の光。
湿った土の匂い。
鳥たちの鳴き声。
小春と黒猫は
草むらの匂いを嗅ぎながら歩いている。
だが
二匹が離れることはない。
小春が少し先へ進めば
黒猫も後を追う。
黒猫が立ち止まれば
小春も隣で立ち止まる。
「本当に二匹一緒ですな」
豊久が感心したように言った。
「それが二匹のやり方なんだろう」
やがて
雉がいそうな場所へ着いた。
二人は声を抑えた。
小春と黒猫も
何かを感じたのか静かになる。
祐兵は
周囲を見渡した。
草むら。
木の根元。
茂みの奥。
どこにも雉の姿はない。
その時。
「ケーン」
遠くから
雉の鳴き声が聞こえた。
豊久が顔を上げる。
「近くにいるようですな」
「ああ」
二人はゆっくりと歩き始めた。
小春と黒猫も
二人の後についてくる。
しばらく進んだところで
黒猫が突然立ち止まった。
小春も隣で立ち止まる。
二匹が同じ方向を見ている。
祐兵と豊久も
そちらへ目を向けた。
草が、かすかに揺れている。
「いるようですな」
豊久が小声で言う。
祐兵は
静かに弓を構えた。
草むらの奥から
一羽の雉が姿を現した。
雉は周囲を警戒しながら
ゆっくりと歩いている。
二匹はじっと雉を見ていた。
小春の耳が
ぴんと立っている。
黒猫も身を低くしている。
しかし二匹とも
動かなかった。
祐兵が弓を引く。
静かな山の中で
弓の弦が張られる。
雉が顔を上げた。
その瞬間。
矢が放たれた。
矢は雉を捉え
雉はその場に倒れた。
豊久が駆け寄る。
「見事ですな、祐兵殿」
祐兵も
ゆっくりと近づいた。
小春と黒猫も
二人の後をついてくる。
二匹は倒れた雉を見つめている。
小春が
少し首を傾げた。
黒猫も同じように首を傾げる。
「二匹とも、不思議そうですな」
豊久が笑った。
「狩りを見るのは初めてかもしれないな」
祐兵は
二匹の頭を順番に撫でた。
「山の恵みだ。ありがたくいただこう」
小春は
小さく鳴いた。
黒猫も
祐兵の手に頭を寄せる。
二人と二匹は
雉を持って帰る支度をした。
帰り道。
山の中には
涼しい風が吹いていた。
小春と黒猫は
相変わらず並んで歩いている。
時々、小春が黒猫の体に肩を寄せる。
黒猫も嫌がらず
そのまま歩いていく。
「二匹とも楽しそうですな」
豊久が言う。
「山を歩くのが好きなんだろう」
祐兵が答えた。
館へ戻ると
二人は雉を料理の支度に回した。
小春と黒猫は
庭へ出る。
二匹は並んで日陰に座った。
山歩きで疲れたの
小春は黒猫に体を寄せる。
黒猫も、小春の体に寄り添った。
二人は縁側から
そんな二匹を眺めていた。
「今日も二匹は一緒ですな」
豊久が笑う。
「これからもそうだろうな」
祐兵も
穏やかに笑った。
九月の秋空の下。
二人と二匹は
山で一日を過ごした。
雉を一羽得たことも嬉しかったが
皆で歩いた山道と
二匹が寄り添って過ごす姿もまた
心に残る一日となった。




