第三百三十話 山中の秘湯
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月のある日の朝。
館の庭には
涼しい風が吹いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
縁側に座っていた。
その足元には
小春がいた。
しかし
いつもと様子が違っている。
小春は
前脚を気にしながら
ゆっくり歩いていた。
「小春殿、どうしました」
豊久がしゃがむ。
小春は
前脚を少し上げたまま
豊久を見上げている。
「怪我をしているようですな」
祐兵が近づく。
小春の前脚を見ると
小さな傷があった。
「昨日までは何ともなかったはずですが」
「どこで怪我をしたのでしょう」
二人は心配そうに
小春を見つめた。
傷はそれほど大きくない。
しかし
何日か経っても
なかなか治らなかった。
薬を塗っても
傷口はなかなか塞がらない。
小春も
時々痛そうにしている。
「困りましたな」
豊久が眉を寄せる。
「ああ」
祐兵も頷いた。
そこで二人は
以前から世話になっている
薬師のもとを訪ねることにした。
小春を連れて
城下町を歩く。
黒猫も
心配そうに二人の後をついてきた。
やがて
なじみの薬師の家に着いた。
「これは祐兵殿」
薬師が二人を迎える。
「今日は小春殿のことで、相談があるのです」
祐兵が
小春の傷を見せる。
薬師は傷をしばらく眺めた。
そして
少し考えるように顎へ手を当てた。
「傷が長引いておりますな」
「やはりそうですか」
「薬を続ければ、いずれ治るとは思いますが……」
薬師はそこで言葉を止めた。
「一つ、気になる話があります」
豊久が顔を上げる。
「どのような話です?」
「山の奥に、不思議な湯が湧いている場所がございます」
「湯ですか」
「ああ」
薬師が頷く。
「昔から山の獣たちが、傷を負った時にその湯へ入ると言われております」
祐兵が尋ねる。
「獣の傷が癒えると?」
「そう言われております」
薬師は静かに答えた。
「人が入っても悪くない湯だそうですが、場所が山深く、なかなか人の寄りつかぬところです」
豊久が小春を見る。
小春は
二人の話を聞くように
じっと座っている。
「行ってみますか」
豊久が言う。
祐兵は少し考えた。
「小春殿のためなら、行ってみる価値はありそうです」
こうして二人は
山の奥にあるという秘湯を
目指すことになった。




