第三百二十七話 城下の犬
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月のある日の昼下がり。
空には薄い雲が浮かび
城下町には涼しい風が吹いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
小春と黒猫を連れて
城下町を歩いていた。
「今日は随分と歩きましたな」
豊久が笑う。
「ああ。小春殿もよく歩いている」
祐兵が足元を見る。
小春は二人の少し前を歩き
黒猫はその後ろをゆっくりついてきている。
その時だった。
「わん!」
通りの向こうから
犬の鳴き声が聞こえた。
豊久が振り向く。
一軒の家の前に
一匹の犬が座っていた。
茶色の毛並みをした
大きな犬だった。
犬は二人を見ると
尻尾を大きく振っている。
「おや」
豊久が足を止める。
犬は立ち上がり
こちらへ近づいてきた。
小春も気づいたらしく
その場で立ち止まる。
黒猫も少し離れたところから
犬の様子を眺めていた。
「小春殿、怖くはありませんか」
豊久がしゃがむ。
小春は警戒するように犬を見つめている。
犬はそれ以上近づかず
少し離れた場所で座った。
そして
尻尾をぱたぱたと振っている。
「大人しい犬ですな」
「どうやら我らに興味があるらしい」
祐兵が笑った。
そこへ家の者が出てきた。
「これは祐兵殿」
「この犬は?」
祐兵が尋ねると
家の者は笑った。
「近頃、ここで飼い始めた犬でございます」
「そうか」
祐兵が犬へ近づく。
犬は嬉しそうに尻尾を振った。
祐兵が手を差し出すと
犬は鼻を近づけ
匂いを嗅いだ。
「よしよし」
祐兵が頭を撫でる。
犬は嬉しそうに目を細めた。
「随分と人懐こいですな」
豊久も近づいて
犬の背を撫でる。
犬は豊久の手にも頭を寄せた。
「これは可愛い」
豊久が笑う。
その様子を見ていた小春が
少しずつ犬へ近づいていく。
犬も小春に気づいた。
しかし、
じっとしたまま動かない。
小春が一歩近づく。
もう一歩。
そして犬の匂いを嗅いだ。
犬も小春の匂いを嗅ぐ。
しばらく互いに見つめ合っていたが、
やがて小春が犬の前を通り過ぎた。
犬は尻尾を振った。
「仲良くなれそうですな」
豊久が嬉しそうに言う。
すると今度は
黒猫がゆっくりと近づいてきた。
犬は黒猫を見ると
また尻尾を振る。
黒猫は少し警戒しながら
犬の周りを歩いた。
犬は追いかけることもなく
じっと待っている。
やがて黒猫も安心したのか
犬のそばに座った。
「小春殿も黒猫も、すっかり仲間になったようですな」
豊久が笑う。
「犬も嬉しそうだ」
祐兵も笑った。
犬は三匹を順番に眺めながら
嬉しそうに尻尾を振っている。
家の者も
その様子を見て笑っていた。
「この犬は人だけでなく、猫とも仲良くできるようです」
「それは良いことだ」
祐兵が頷く。
しばらくの間
二人は犬と猫たちを眺めていた。
小春は犬の隣に座り
黒猫は少し離れた場所で毛繕いをしている。
犬はそんな二匹を眺めながら
時々尻尾を振っていた。
「そろそろ参りましょうか」
豊久が言う。
祐兵も頷く。
「また来るとしよう」
その言葉が分かったのか
犬が
「わん!」
と元気よく鳴いた。
「また会いましょう」
豊久が犬の頭を撫でる。
小春も犬のそばへ寄り
鼻先を近づけた。
黒猫も最後に一度だけ犬を振り返る。
二人と二匹が歩き始めると
犬は家の前からずっとこちらを見送っていた。
「良い犬でしたな」
豊久が振り返る。
「ああ」
祐兵も笑った。
「また城下へ来た時には、会いに行こう」
秋の風が吹き抜ける城下町。
その日
二人と二匹には
新しい友が一匹増えたのだった。




