第三百二十六話 雨上がりの庭
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
城下町から館へ戻った午後。
昨日まで激しく降っていた雨はすっかり上がり
庭には穏やかな日差しが降り注いでいた。
濡れた草葉にはまだ雫が残り
風が吹くたびにきらきらと光っている。
伊東祐兵と島津豊久は
縁側に腰を下ろし
静かな庭を眺めていた。
「すっかり晴れましたな」
豊久が空を見上げる。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「昨日の大雨が嘘のようだ」
すると
「にゃあ」
足元から声がした。
小春が二人の間を通り抜け
濡れた庭へ向かって歩いていく。
「小春殿、もう外へ出るのですか」
豊久が笑う。
小春は振り返り
「にゃあ」ともう一度鳴いた。
そして庭の草むらへ入っていく。
「どうやら誘っているようですな」
「そうらしい」
祐兵が笑った。
豊久は立ち上がり
庭へ降りた。
「小春殿、待ってくだされ」
小春は草むらの中を歩きなが
時々振り返って豊久を見る。
豊久が近づくと
今度は素早く横へ走った。
「おや」
豊久も追いかける。
小春は濡れた地面を避けながら
庭を軽やかに駆けていく。
「待ってくだされ!」
豊久が手を伸ばす。
しかし小春はするりと逃げ
少し離れた場所で振り返った。
「これはなかなか捕まりませんな」
縁側から見ていた祐兵が笑う。
「豊久殿、追いかけすぎると転ぶぞ」
「承知しております」
そう言いながら
豊久はまた小春を追った。
すると小春は
雨で落ちた木の葉のところへ駆けていった。
葉の一枚が風に揺れる。
小春はそれをじっと見つめ
前足をそっと伸ばした。
葉が動く。
小春も動く。
また葉が動く。
小春も追いかける。
「ふふっ」
豊久が思わず笑った。
「昨日はあれほどの雨だったというのに、今日は元気ですな」
祐兵も庭へ降りてきた。
二人が並んで見ていると
小春は今度は豊久の足元へ戻ってきた。
そして
足に身体をすり寄せる。
「遊び疲れましたか」
豊久がしゃがみ
小春の頭を撫でる。
小春は目を細め
気持ちよさそうに喉を鳴らした。
そこへ黒猫もやって来た。
黒猫は少し離れたところに座り
小春と豊久を眺めている。
「黒猫も来ましたな」
「ああ」
祐兵が黒猫の方へ歩いていく。
すると黒猫は逃げることもなく
祐兵の足元へ近づいた。
「お前も遊びたいのか」
祐兵がしゃがむ。
黒猫は静かに尻尾を揺らした。
その様子を見て
豊久が笑った。
「今日は二匹とも甘えん坊ですな」
「ああ。雨の後だから、外へ出られるのが嬉しいのだろう」
庭には
まだ雨の名残が残っている。
水溜まり。
濡れた土。
葉先に残る雫。
その一つ一つが
秋の日差しを受けて輝いていた。
しばらくすると
小春は豊久の膝へ乗った。
「小春殿、ここが気に入りましたか」
豊久が優しく撫でる。
小春は丸くなり
静かに目を閉じた。
祐兵も隣に腰を下ろす。
二人と二匹。
誰も急ぐことなく
雨上がりの庭で穏やかな時間を過ごす。
涼しい風が吹き抜け
濡れた草木がさらさらと揺れた。
「雨の後というのも、なかなか良いものですな」
豊久が呟く。
「ああ」
祐兵は庭を眺めながら答えた。
「雨があるからこそ、こうした晴れの日が嬉しく感じられるのだろう」
豊久は頷いた。
膝の上では
小春が気持ちよさそうに眠っている。
黒猫も二人のそばで丸くなっていた。
雨上がりの庭に
穏やかな秋の風が吹いていた。
静かな午後。
二人と二匹は
その心地よいひとときを
ゆっくりと楽しむのだった。




