第三百二十五話 雨上がりの城下町
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
九月の空
昨日の大雨が嘘のように晴れ渡っていた。
朝の光が雲の切れ間から差し込み
濡れた木々や屋根を照らしている。
庭にはまだ水滴が残り
葉の先からぽたり、ぽたりと雫が落ちていた。
伊東祐兵と島津豊久は
館を出て城下町へ向かっていた。
「昨日は随分と降りましたな」
豊久が
道に残った水溜まりを避けながら歩く。
「ああ。だが、今日は良い天気だ」
祐兵が空を見上げる。
雨に洗われた空気は澄み
遠くの山までくっきりと見えていた。
城下町へ入ると
町の人々が家先の掃除をしていた。
「おはようございます」
二人が声を掛けると
「おはようございます、祐兵様」
町の者たちも笑顔で頭を下げる。
「昨日の雨は大丈夫でしたか」
祐兵が尋ねる。
「はい。少々雨漏りはしましたが、大事はありませんでした」
「それは何よりだ」
祐兵は安堵したように頷いた。
豊久も
町の様子を見回す。
道には雨で流れてきた小枝や葉が落ちている。
店先では
濡れた板戸を拭いている者もいた。
「皆、朝から忙しそうですな」
「雨の後だからな」
祐兵が答える。
「だが、こうして普段の暮らしに戻っているのを見ると安心する」
二人が歩いていると
小さな水路から水の流れる音が聞こえてきた。
昨日の雨で水かさが増し
勢いよく流れている。
豊久が足を止めた。
「昨日の雨が、こうして水になって残っているのですな」
「ああ」
祐兵は水路を眺める。
「雨が降れば川が増し、その水がまた田畑を潤す」
「雨も悪いことばかりではない、ということですな」
「そういうことだ」
二人は再び歩き始めた。
やがて
馴染みの茶屋が見えてくる。
店先には昨日の雨で濡れた草木が並び
軒先からはまだ雫が落ちていた。
「少し休んでいきますか」
豊久が言う。
「そうしよう」
二人は茶屋へ入り
腰を下ろした。
しばらくすると
温かな麦湯が運ばれてくる。
豊久は湯気の立つ茶碗を手に取り
外を眺めた。
雨上がりの城下町には
朝の活気が戻り始めている。
子どもたちが水溜まりを避けながら走り
店先からは人々の話し声が聞こえる。
「昨日はあれほど激しい雨だったのに、今日は皆、いつものように暮らしておりますな」
「ああ」
祐兵は麦湯を口にした。
「人は強いものだ」
その言葉に
豊久は静かに頷いた。
茶屋の外では
日差しを受けた水溜まりがきらきらと輝いている。
やがて風が吹くと
濡れた木々の葉がさらさらと揺れた。
「そろそろ戻りますか」
豊久が立ち上がる。
「ああ」
二人は茶屋を出た。
帰り道
昨日の大雨で洗われた町並みを眺めながら
ゆっくりと館へ戻っていく。
雨上がりの空には
薄く白い雲が流れていた。
昨日の激しい雨を越えて
城下町には再び穏やかな一日が戻っていた。
その景色を眺めながら
二人もまた静かに歩を進めるのだった。




