第三百二十四話 秋雨の館
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月の昼下がり。
朝は穏やかに晴れていた空が
いつの間にか厚い雲に覆われていた。
風が強くなり
庭の木々の枝が大きく揺れている。
「急に空が暗くなりましたな」
豊久が縁側から空を見上げる。
「ああ」
祐兵も空を眺めた。
遠くで低い雷鳴が響いた。
ごろごろ……。
小春が耳をぴくりと動かす。
「にゃあ……」
「小春殿も気づきましたか」
豊久が小春を抱き上げる。
その直後だった。
ぽつり。
庭の土に
大きな雨粒が落ちた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ――。
「これは降りそうですな」
豊久が言った途端、
ざああああっ――!
激しい雨が一気に降り始めた。
屋根を叩く雨音が
館いっぱいに響き渡る。
庭は瞬く間に濡れ
細い水の流れがあちらこちらにできていく。
「これは大雨ですな」
「うむ。しばらくは外へ出られそうにない」
祐兵は笑った。
小春は豊久の腕の中で
じっと庭を見つめている。
少し離れたところでは
黒猫も雨を避けるように軒下へ入り込んでいた。
「黒猫も戻ってきましたな」
「雨宿りだろう」
二匹の猫が並んで座り
激しく降る雨を眺めている。
豊久はその様子を見て
ふっと笑った。
「今日は皆で館に籠もる日ですな」
「ああ。そういう日があってもよい」
祐兵は縁側に腰を下ろした。
雨はさらに激しくなる。
庭の桔梗も
雨に打たれて大きく揺れている。
「せっかく咲いた桔梗が心配ですな」
豊久が庭を見る。
「強い雨だが、根付いたばかりの花ではない」
祐兵は穏やかに答えた。
「きっと大丈夫だ」
「そうですな」
豊久も頷いた。
やがて侍女が麦湯を運んできた。
二人は温かな麦湯を手に取り
雨音を聞きながらゆっくりと飲む。
「こうして雨を眺めているのも
なかなかよいものですな」
「普段は鍛錬ばかりだからな」
祐兵が笑う。
「たまには休むことも鍛錬のうちだ」
「なるほど」
豊久は感心したように頷いた。
その横で
小春が丸くなっている。
黒猫もその隣で身体を丸めた。
激しい雨の音。
時折響く雷鳴。
それでも館の中は穏やかだった。
二人と二匹は
雨が過ぎるのを静かに待っていた。
やがて夕暮れが近づく頃
大雨は少しずつ弱まり始めた。
庭には大きな水溜まりができていたが
桔梗は倒れることなく
雨粒をまとって静かに立っている。
「無事でしたな」
豊久が嬉しそうに言う。
「ああ」
祐兵は頷いた。
雨上がりの風が
館の中へ涼しく吹き込んできた。
初秋の大雨。
激しい雨に閉ざされた一日だったが
それもまた二人にとって
穏やかな思い出の一つとなるのだった。




