第三百二十三話 朝稽古
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
九月の朝。
初秋の涼しい風が館の庭を吹き抜け
草葉に残った朝露が朝日に輝いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
庭の中央に立っていた。
先ほどまでの散歩で身体はほどよく温まり
二人とも木刀を手にしている。
「今朝は実に鍛錬日和ですな」
豊久が木刀を構える。
「ああ」
祐兵も構えを取った。
「涼しいうちに、しっかり身体を動かそう」
「承知しました」
豊久は一歩下がり
静かに息を整える。
庭の隅では
小春が二人を眺めていた。
黒猫も少し離れた場所に座り
じっと様子を見ている。
「では、参ります」
豊久が踏み込んだ。
木刀が鋭く振り下ろされる。
祐兵は受け止め
そのまま横へ受け流した。
乾いた音が
静かな朝の庭に響く。
豊久は間を置かず
次の一撃を繰り出す。
祐兵も応じる。
打ち合うたびに木刀の音が響き
二人の足が土を踏む。
「良いぞ」
祐兵が声を掛ける。
「ありがとうございます!」
豊久はさらに踏み込んだ。
今度は力任せに振るのではなく
相手の動きを見ながら木刀を繰り出す。
祐兵はそれを受け
わずかに間合いを取った。
「先ほどより落ち着いている」
「朝の散歩のおかげでしょうか」
豊久が笑う。
「ああ。身体だけでなく、心もほぐれたのだろう」
二人は再び構えた。
今度は互いに急がない。
風の音を聞き
相手の呼吸を感じながら
じっと間合いを測る。
一瞬の静寂。
豊久が踏み込む。
祐兵も同時に動いた。
木刀が激しく交わった。
「見事ですな」
豊久が息を弾ませる。
「豊久殿も良い動きだった」
祐兵は木刀を下ろした。
額には薄く汗が浮かんでいる。
九月とはいえ
身体を動かせば汗ばむ。
しかし夏の盛りとは違い
吹き抜ける風が心地よかった。
「もう一手、お願いできますか」
豊久が木刀を構え直す。
祐兵は微笑んだ。
「よし。参ろう」
二人は再び向かい合う。
小春が
「にゃあ」
と鳴いた。
「小春殿の声援ですな」
豊久が笑う。
「負けるわけにはいきませんな」
「それは頼もしい」
祐兵も笑った。
そして二人は
再び木刀を交えた。
朝日が庭を照らし
桔梗の花が風に揺れている。
夏から秋へ。
季節が移り変わっても
二人の鍛錬の日々は変わらない。
涼やかな初秋の風の中
二人は汗を流しながら
互いに腕を磨いていくのだった。




