第三百二十話 夕涼みの縁側
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の夕暮れ。
日が西へ傾き
昼間の暑さが少しずつ和らいでいた。
館の庭では
蝉の声が遠く響いている。
伊東祐兵と島津豊久は
縁側に腰を下ろし
庭を眺めながら夕涼みをしていた。
「昼間に比べると、ずいぶん涼しくなりましたな」
豊久が団扇をゆっくりと動かす。
「ああ」
祐兵も団扇を手にしている。
「日が沈めば、さらに過ごしやすくなるだろう」
二人の前には
湯を入れた麦湯が置かれていた。
湯気はほとんど立たず
ほのかな麦の香りが漂っている。
豊久は器を手に取り
一口飲んだ。
「こうして静かに過ごすのも、良いものですな」
「ああ」
祐兵は庭の木々へ目を向けた。
「昼は暑くとも、夕方には風が変わる」
庭の木々が風に揺れ
葉擦れの音が聞こえてくる。
その時
「にゃあ」
庭から鳴き声がした。
小春が縁側へやって来た。
その後ろから
黒猫もゆっくりと歩いてくる。
「小春殿も夕涼みですか」
豊久が声を掛ける。
小春は縁側へ上がると
豊久の隣へ座った。
「今日はずいぶん大人しいですな」
豊久が頭を撫でる。
小春は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
黒猫は少し離れた場所で丸くなり
庭を眺めている。
やがて空が
淡い茜色に染まっていく。
鳥たちがねぐらへ戻り
城下町からは夕餉の支度をする音が聞こえてきた。
「町も一日の終わりを迎えていますな」
豊久が呟く。
「ああ」
祐兵は静かに答えた。
「今日も大きな騒ぎはなかった」
「それが何よりです」
豊久は笑った。
祐兵も穏やかに微笑む。
しばらくすると
風が少し強くなった。
庭の木々がざわめき
涼しい風が二人の間を通り抜ける。
「これは心地よい」
豊久が目を細める。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「夏は暑さばかりに目が行くが、こうした涼しさもまた夏の楽しみだ」
小春が「にゃあ」と鳴く。
「小春殿も同じ気持ちでしょうな」
豊久が笑う。
やがて夕暮れは深まり
空には一番星が現れた。
二人は言葉少なに
その星を眺めていた。
戦や鍛錬から離れた
穏やかな夕暮れ。
祐兵と豊久
小春と黒猫は
涼しい風に包まれながら
静かな夏の夜を迎えるのだった。




