第三百十八話 雨音の一日
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝から雨が降っていた。
夏の雨は屋根を打ち
館の庭をしっとりと濡らしている。
軒先からは雨だれが落ち
庭の木々は雫をまとっていた。
伊東祐兵と島津豊久は
縁側に座り、静かに雨を眺めていた。
「今日は鍛錬も散歩もできませんな」
豊久が庭を見ながら言う。
「ああ」
祐兵は湯飲みを手に取り
静かに頷いた。
「たまには身体を休めるのもよい」
「そうですな」
豊久は雨音に耳を澄ませる。
「こうして雨を眺めていると、時間がゆっくり流れているように感じます」
「雨の日には、雨の日の楽しみがある」
祐兵が微笑んだ。
二人はしばらく黙っていた。
雨音だけが
広い館の中に響いている。
やがて豊久が立ち上がった。
「祐兵殿、何かして遊びませんか」
「何をする?」
「双六などはいかがでしょう」
祐兵は少し考え
頷いた。
「それもよいな」
二人は座敷へ移り
双六盤を用意した。
「では、始めましょう」
「手加減はせぬぞ」
「こちらも負けるつもりはありません」
豊久が笑う。
賽を振る音が
雨音の合間に響く。
一進一退の勝負が続き
二人は時折顔を見合わせて笑った。
その時。
「にゃあ」
小さな鳴き声が聞こえた。
振り向くと
小春が座敷の入口に座っている。
その後ろには黒猫もいた。
「小春も来たか」
豊久が声を掛ける。
小春は二人のところまで歩いてくると
双六盤を覗き込んだ。
「小春殿も勝負が気になるようですな」
「にゃあ」
まるで返事をするように鳴く。
黒猫は少し離れた場所で丸くなった。
「雨の日も悪くありませんな」
豊久が微笑む。
「ああ」
祐兵も静かに頷いた。
「こうしてゆっくり過ごせるのも、穏やかな日々があればこそだ」
外では雨が降り続いている。
しかし館の中には
二人と二匹の穏やかな時間が流れていた。
やがて雨脚が少し弱くなる。
庭の木々から雫が落ち
濡れた葉が静かに揺れている。
「雨が上がったら、また散歩に参りましょう」
豊久が言う。
「ああ。その時は小春たちも一緒だな」
祐兵が答える。
小春は二人の間で丸くなり
気持ちよさそうに目を細めた。
雨の一日。
外へ出られぬ日もまた
二人にとって大切なひとときとなるのだった。




