第三百十七話 朝稽古
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
朝の散歩を終えた頃。
夏の日差しはまだ柔らかく
館の庭には涼しい風が吹いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
庭の中央で向かい合っていた。
二人の手には木刀がある。
「散歩の後に鍛錬とは、ちょうど良いですな」
豊久が木刀を構える。
「ああ。身体が温まっている今なら、動きも良いだろう」
祐兵も木刀を構えた。
朝の庭に
蝉の声が響いている。
二人はしばし無言で向かい合った。
やがて豊久が一歩踏み込む。
「参ります!」
鋭い打ち込みが放たれた。
祐兵は木刀で受け
すぐに横へかわす。
乾いた音が庭に響いた。
「良い踏み込みだ」
「ありがとうございます!」
豊久は続けて打ち込む。
上段からの一撃。
祐兵は受け止め
そのまま豊久の木刀を押し返した。
豊久は後ろへ下がる。
「まだまだ!」
再び踏み込む。
今度は素早く間合いを詰め
木刀を振り下ろした。
祐兵は身をかわす。
「力を入れすぎるな」
「はい!」
「相手を打とうとするより、相手の動きをよく見るのだ」
豊久は頷いた。
そして深く息を吸う。
今度は焦らず
祐兵の動きを見つめる。
静かな間が生まれた。
祐兵がわずかに足を動かす。
豊久はそれを見逃さなかった。
「そこです!」
一歩踏み込み
木刀を振る。
祐兵は受け止めた。
「今のは良い」
「本当ですか」
豊久の顔が明るくなる。
「ああ。先ほどより落ち着いている」
「少し分かった気がします」
豊久は笑った。
二人はその後も
何度も木刀を交えた。
額には汗が浮かび
息も次第に荒くなる。
それでも二人は鍛錬を続けた。
しばらくして
祐兵が木刀を下ろす。
「今日はここまでにしよう」
「承知しました」
豊久も木刀を納める。
二人が縁側へ向かおうとした時、
「にゃあ」
庭の隅から声がした。
小春がこちらを見ている。
その隣には黒猫も座っていた。
「小春殿も見ていたのですか」
豊久が笑う。
小春は尻尾を揺らしながら
二人のもとへ歩いてくる。
「朝から見物とは、なかなか勤勉だな」
祐兵が笑みを浮かべる。
豊久は小春の頭を撫でた。
「次は小春殿も鍛錬しますか」
「にゃあ」
小春は答えるように鳴くと
その場に座り込んだ。
「どうやら今日は休むそうですな」
豊久が笑う。
祐兵も笑った。
朝の庭に
二人の笑い声が響く。
夏の一日は
こうして穏やかに始まるのだった。




