第三百十六話 朝露の道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の朝。
東の空が白み始め
館の庭には朝露が残っていた。
伊東祐兵と島津豊久は
朝の涼しい風に誘われるように
館を出て歩き始めた。
「今朝は涼しいですな」
豊久が空を見上げる。
「ああ。昼になる前に、少し歩いておくとしよう」
祐兵は穏やかに答えた。
二人は城下町へ続く道を
ゆっくりと歩いていく。
まだ朝早いこともあり
町は静かだった。
軒先では朝餉の支度をする者の姿があり
井戸の周りでは水を汲む音が聞こえる。
道端の草には露が光り
朝日に照らされて小さな玉のように輝いていた。
「昨日植えた桔梗も、このような朝を迎えているのでしょうな」
豊久が振り返る。
「ああ」
祐兵も館の方へ目を向ける。
「しっかり根を張ってくれるとよいな」
二人はしばらく歩き
川沿いの道へ出た。
朝の川は穏やかに流れ
水面には薄紅色の空が映っている。
「川の音を聞いていると、心が落ち着きますな」
豊久が足を止めた。
「静かな朝だからこそ、よく聞こえるのだろう」
祐兵が答える。
その時。
「にゃあ」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると
小春が二人の後を追って歩いてきていた。
「小春殿も散歩ですか」
豊久がしゃがみ込む。
小春は豊久の足元まで来ると
尻尾を立てて二人の間を歩き始めた。
少し遅れて
黒猫も姿を現す。
「今日も二匹一緒だな」
祐兵が微笑む。
四人は川沿いの道を進んだ。
やがて朝日が山の端から顔を出し
町並みを柔らかな光で照らし始める。
店を開ける音。
鳥の鳴き声。
川のせせらぎ。
少しずつ目を覚ましていく城下町の音が
静かな朝に重なっていった。
「一日の始まりという感じがしますな」
豊久が笑う。
「ああ」
祐兵も頷いた。
「今日も穏やかな一日になりそうだ」
小春が「にゃあ」と鳴いた。
まるでその言葉に賛同するようだった。
二人と二匹は
朝露の残る道をゆっくりと歩いていく。
やがて町にも人々の声が増え始める。
新しい一日が
静かに始まろうとしていた。




