第三百十五話 桔梗の花
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の朝。
空には薄い雲が流れ
館の庭には爽やかな風が吹いていた。
伊東祐兵と島津豊久は
庭の一角に立っていた。
その足元には
小さな桔梗の苗が並べられている。
「見事な苗ですな」
豊久がしゃがみ込み
葉を眺めた。
「ああ」
祐兵は頷く。
「桔梗は美しい花だ。庭にも彩りが増えるだろう」
夏から秋にかけて咲く桔梗。
紫色の花は気品があり
古くから多くの人々に親しまれていた。
「今日はこれを植えるのですな」
豊久が尋ねる。
「そうだ」
祐兵は鍬を手に取った。
「せっかくだ。二人で植えよう」
「承知しました」
豊久も嬉しそうに頷いた。
二人は庭の土を耕し始める。
昨夜のうちに水が撒かれていたため
土はほどよく柔らかい。
「この辺りが良さそうですな」
豊久が言う。
「朝日も当たる。良い場所だ」
祐兵も賛成した。
穴を掘り
苗を一つずつ丁寧に植えていく。
「立派に育つと良いですな」
豊久が苗へ土を寄せた。
「花は手を掛ければ応えてくれる」
祐兵は優しく土をならす。
しばらくすると
植え付けは無事に終わった。
最後に桶の水を汲み
苗の根元へ静かに注ぐ。
土が水を吸い込み
小さな苗が朝日に照らされた。
「これで一安心ですな」
豊久が額の汗を拭う。
「咲く日が楽しみだ」
祐兵も満足そうだった。
その時。
「にゃあ」
聞き慣れた鳴き声が庭に響いた。
小春が姿を現す。
その後ろから黒猫も歩いて来た。
「小春殿」
豊久が手を振る。
小春は新しく植えられた桔梗へ近づき
興味深そうに匂いを嗅いだ。
「掘り返してはなりませんぞ」
豊久が慌てて言う。
すると小春は
何事もなかったかのように顔を上げた。
祐兵は思わず笑う。
「どうやら見回りに来ただけらしい」
黒猫も桔梗のそばへ座り
静かに庭を眺めている。
「花が咲く頃には、また違う景色になりますな」
豊久が言った。
「ああ」
祐兵は頷く。
「季節が移り変わるのを楽しめるのも、平穏な日々のおかげだ」
豊久はしみじみと頷いた。
庭には風が吹き
植えられたばかりの桔梗の苗が小さく揺れる。
やがて紫の花を咲かせる日を待ちながら
苗は静かに根を張っていくことだろう。
祐兵と豊久
そして小春と黒猫は
新しい花が彩る未来の庭を思い描きながら
穏やかな夏の朝を過ごすのだった。




