第三百十話 鮎皮の湯漬け
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
館の庭には爽やかな風が吹き
夏とはいえ朝の涼しさが残っていた。
伊東祐兵と島津豊久は
縁側で朝餉の支度を待っていた。
「昨日の鮎は美味かったですな」
豊久が思い出したように言う。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「だが、まだ楽しみが残っている」
「と申しますと?」
その時
料理番が膳を運んできた。
「お待たせいたしました」
膳の上には飯椀と味噌汁
そして小皿が並んでいる。
さらに別の器には
香ばしく炙られた鮎の皮が盛られていた。
「これは……」
豊久が身を乗り出す。
「昨日の鮎の皮だ」
祐兵が説明した。
「炭火で炙り、湯漬けにする」
「ほう」
豊久は興味深そうに眺めた。
鮎の皮は程よく脂が落ち
香ばしい香りを漂わせている。
料理番は飯椀へ炙った鮎の皮を入れ
熱い湯を静かに注いだ。
湯気と共に
香ばしい香りが立ち上る。
「これは良い香りですな」
豊久が目を細めた。
「鮎は身だけではない」
祐兵は微笑む。
「余すところなくいただくのだ」
二人は箸を取った。
豊久がまず一口すする。
「おお……」
思わず声が漏れる。
「美味いですな」
香ばしい皮の風味が湯に溶け込み
飯によく馴染んでいる。
「朝にはちょうど良い」
祐兵も静かに味わった。
炙った皮の香りと
温かな湯が身体へ染み渡る。
「昨日の塩焼きとはまた違った味わいです」
豊久が感心する。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「こうした食べ方も昔からある」
二人はゆっくりと箸を進めた。
その時。
「にゃあ」
聞き慣れた鳴き声がした。
小春が縁側へ現れる。
黒猫も後ろから歩いてきた。
「小春殿、おはようございます」
豊久が笑顔を向ける。
小春は朝の香りに誘われたのか
膳の近くへやって来た。
「お前も気になるか」
祐兵は苦笑する。
料理番は小皿に少量の鮎の身を用意した。
小春と黒猫は
仲良く朝のご馳走を味わう。
「鮎のおかげで、今日の朝餉も豪勢ですな」
豊久が言った。
「川の恵みと料理番の腕前のおかげだ」
祐兵が答える。
朝の陽射しが庭へ差し込み
風鈴が涼やかな音を響かせる。
鮎の塩焼きに続き
鮎皮の湯漬けもまた格別であった。
二人と二匹は夏の朝の恵みに感謝しながら
穏やかなひとときを過ごすのだった。




