第三百六話 暁の散策
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夏の早朝。
東の空がわずかに白み始めた頃。
伊東祐兵は
静かな館の庭へ出た。
夜の涼しさがまだ残り
朝露をまとった草が淡く輝いている。
「気持ちの良い朝だな」
祐兵は空を見上げた。
やがて足音が近づく。
「祐兵殿、おはようございます」
島津豊久だった。
「豊久殿も早いな」
「目が覚めてしまいました」
豊久は笑う。
「せっかくですので、朝の散歩でもいかがですか」
「ちょうど同じことを考えていた」
二人は館を出て
城下町へ向かった。
町はまだ眠りの中にある。
店の戸は閉じられ
人影もほとんど見えない。
聞こえるのは
鳥のさえずりと風の音だけだった。
「昼の城下とはまるで違いますな」
豊久が辺りを見回す。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「人々が目を覚ます前の町も、また良いものだ」
二人はゆっくり歩く。
川沿いの道へ出ると
水面が朝日に照らされ始めていた。
流れは穏やかで
空の色を映している。
「美しいですな」
豊久は足を止めた。
「こうして見ると、日頃見慣れた景色も違って見えます」
「慌ただしく過ごしていると、気づかぬことも多い」
祐兵は静かに言った。
「だからこそ、時には足を止めることも大切だ」
豊久は深く頷いた。
その時。
「にゃあ」
聞き慣れた声がした。
小春が道の向こうから駆けて来る。
「小春殿!」
豊久が嬉しそうに手を振る。
小春は二人の足元へ来ると
尻尾を立てて歩き始めた。
少し遅れて黒猫も姿を現す。
「今朝も一緒に散歩ですな」
豊久が笑う。
祐兵も目を細めた。
「すっかり仲間になったな」
二人と二匹は川沿いを歩く。
やがて太陽が山の向こうから顔を出した。
黄金色の光が町を照らし始める。
屋根の瓦。
川の流れ。
木々の葉。
すべてが朝日に染まっていた。
「見事ですな……」
豊久は思わず見入る。
「ああ」
祐兵も空を見上げた。
「一日の始まりだ」
しばらく四人は朝日を眺めた。
やがて町にも少しずつ人の姿が現れ始める。
商人が店を開き
町人たちが朝の支度を始めていた。
「そろそろ戻りましょうか」
豊久が言う。
「ああ」
祐兵は頷く。
「朝餉の前に、もう少し歩いて帰ろう」
二人は再び歩き出した。
小春が先頭を歩き
黒猫がその後に続く。
静かな早朝の散歩。
それは一日の始まりを彩る
穏やかで心安らぐひとときだった。
朝日を背に受けながら
祐兵と豊久はゆっくりと館への道を辿るのだった。




