第三百四話 童らと双六
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌日の昼下がり。
夏の日差しが照りつける城下町では
蝉の声があちらこちらから聞こえていた。
伊東祐兵と島津豊久は
城下の様子を見ながら歩いていた。
通りを抜け
町家の前まで来たところで
子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。
「祐兵殿、何やら楽しそうですな」
豊久が声のする方へ目を向ける。
そこでは数人の子どもたちが
板の上に広げた双六を囲んでいた。
「お侍さま!」
子どもの一人が二人に気づき
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「祐兵さま、豊久さまも一緒に遊びませんか」
「私たちが?」
豊久が目を丸くする。
「はい!」
子どもたちは元気よく頷いた。
祐兵は双六を眺め
穏やかに笑った。
「では、少しばかり仲間に入れてもらおう」
「やった!」
子どもたちは大喜びした。
二人は子どもたちの間に腰を下ろす。
双六の盤には
いくつもの升目が並んでいる。
「この竹の駒を使うのです」
子どもが説明する。
「そして、こちらの賽を振って、出た目の数だけ進みます」
「なるほど」
豊久は真剣な顔で頷いた。
「これは戦とは違った難しさがありますな」
「豊久殿、勝負事になると急に真剣になるな」
祐兵が笑う。
「勝負と聞けば、負けるわけには参りません」
豊久は意気込んで賽を手に取った。
「それっ!」
賽が盤の上を転がる。
ころころと転がった末
出た目は五だった。
「五です!」
豊久は駒を進める。
「これは幸先が良いですな」
子どもたちも笑い声を上げる。
続いて祐兵が賽を振った。
ころり。
出た目は二。
「二つですな」
祐兵が駒を進める。
「祐兵殿、私より少ないですぞ」
豊久が嬉しそうに言う。
「まだ始まったばかりだ。油断するな、豊久殿」
「望むところです」
それから何度も賽が振られた。
豊久が先へ進んだかと思えば
子どもが追いつく。
祐兵が追い上げれば
別の子どもが先へ進む。
「豊久殿、ここは止まらねばなりませぬ」
「何と!」
豊久が盤を覗き込む。
「一回休みでございます」
子どもたちが笑う。
「これは参りましたな」
豊久は苦笑しながら
駒をその場に置いた。
祐兵も思わず笑う。
「戦場ではなかなか一休みするわけにはいかぬが、双六では休むことができるようだな」
「祐兵殿まで……」
豊久は困った顔をしながらも
楽しそうに笑った。
やがて最後の一人が
上がりの升目へ駒を進めた。
「上がり!」
子どもたちが歓声を上げる。
「おめでとう」
祐兵が笑顔で声を掛ける。
「ありがとうございます!」
豊久は盤を見つめる。
「私は負けてしまいましたか」
「はい!」
子どもたちが元気よく答えた。
「これは悔しいですな」
そう言いながらも
豊久の顔には笑みが浮かんでいる。
祐兵はそんな豊久を見て
穏やかに笑った。
「勝ち負けだけが楽しみではない。皆で笑えることが一番だ」
「確かに、その通りですな」
豊久も頷いた。
その時。
「にゃあ」
小春が子どもたちのそばへやって来た。
黒猫も少し離れたところから
双六の様子を眺めている。
「小春殿も遊びたいのですか」
豊久が笑いながら小春を抱き上げる。
小春は盤の上を覗き込み
駒を鼻先で少し動かした。
「あっ、駒が動いた!」
子どもたちが声を上げる。
「これは小春殿の番ですな」
豊久が笑う。
祐兵も声を上げて笑った。
「では、今日は小春殿も仲間だ」
小春は嬉しそうに喉を鳴らした。
夏の昼下がり。
城下町の片隅には
子どもたちの笑い声と
二人の武士の穏やかな笑い声が響いていた。
戦や鍛錬とは違う
何気ないひととき。
祐兵と豊久にとっても
忘れがたい夏の思い出となるのだった。




