第三百話 夏祭りの夜にて
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
夕暮れが近づき
飫肥の城下町は祭りの支度で賑わっていた。
通りには色鮮やかな提灯が並び
臨時の茶店が屋台をだしており
香ばしい匂いが漂ってくる。
見世物、物売りが集まり
太鼓の音が遠くから聞こえ
町中が祭りの始まりを待ちわびていた。
「いよいよ夏祭りですな」
島津豊久が
弾むような声で言った。
「ああ」
伊東祐兵も
提灯の灯りを見上げながら頷く。
「町の者たちも楽しみにしていたようだ」
二人は人々に挨拶をしながら
祭りの通りをゆっくり歩いた。
「祐兵殿、こちらをご覧ください」
豊久が指差した先では
子どもたちが輪になって遊び
笑い声を響かせている。
「皆、良い笑顔だ」
祐兵は穏やかに微笑んだ。
「祭りは人の心を明るくするものだな」
屋台の主人が声を掛ける。
「お侍さま、お一ついかがですか」
「では、焼き団子を二本いただこう」
祐兵が銭を渡すと
主人は香ばしく焼けた団子を手渡した。
「ありがとうございます」
豊久は嬉しそうに受け取り
一口頬張る。
「美味いですな」
「焼きたては格別だ」
祐兵もゆっくりと味わった。
その時。
「にゃあ」
聞き慣れた鳴き声が聞こえた。
小春が人混みの中を器用に歩き
二人の足元へ駆け寄ってくる。
黒猫も落ち着いた足取りで後をついてきた。
「小春殿も祭りへ来られましたか」
豊久がしゃがみ込むと
小春は嬉しそうに頬へ体を寄せた。
黒猫は提灯の灯りを見上げ
静かに尻尾を揺らしている。
「二匹も祭りを楽しんでいるようだな」
祐兵が優しく笑う。
やがて
祭り囃子が一段と賑やかになった。
広場では
人々が輪になって踊り始める。
「祐兵殿、ご一緒しませんか」
豊久が楽しそうに言う。
「見ているだけのつもりだったが……」
祐兵は苦笑しながらも
豊久に促されて輪の中へ入った。
町人たちが笑顔で迎える。
「祐兵様と豊久様、こちらへどうぞ」
二人は周りの動きに合わせ
ゆっくりと踊り始めた。
最初は少しぎこちなかった祐兵も
次第に調子をつかみ
穏やかな笑みを浮かべる。
「祐兵殿、お上手ですぞ」
「豊久殿ほどではない」
「いえいえ、十分でございます」
二人は顔を見合わせて笑った。
踊りが終わると
大きな拍手が広場に響く。
その直後。
夜空に光が駆け上った。
ドン――
大輪の花火が咲き誇り
赤、青、金色の光が夏の夜空を彩る。
「見事ですな……」
豊久は思わず見上げた。
「ああ」
祐兵も静かに頷く。
「人々の笑顔も、この花火に負けぬほど美しい」
二人の足元では
小春と黒猫も空を見上げていた。
色鮮やかな光が
二匹の瞳に映り込む。
祭りの音
人々の笑い声
そして夜空を彩る花火。
平和な夏の夜は
穏やかに更けていく。
祐兵と豊久
小春と黒猫は
人々の幸せそうな笑顔を胸に刻みながら
ゆっくりと館への帰り道を歩くのだった。




