第二百九十九話 ヤマメの塩焼き
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
ヤマメ釣りから戻った昼下がり。
館の庭には
夏の日差しが降り注いでいた。
伊東祐兵と島津豊久は
釣ってきたヤマメを料理番へ渡していた。
「立派なヤマメでございますな」
料理番は魚籠を覗き込み
嬉しそうに頷く。
「塩焼きが一番美味い。頼む」
祐兵が言う。
「かしこまりました」
料理番は手際よくヤマメの下ごしらえを始めた。
うろこを取り
腹を開いて内臓を取り除く。
きれいに洗った後
全体に塩を振り
串を打って炭火へ並べた。
しばらくすると
炭火の上でヤマメの皮が香ばしく焼け始める。
ぱちり。
炭がはぜる音とともに
食欲を誘う香りが庭いっぱいに広がった。
「良い香りですな」
豊久は思わず鼻を近づける。
「焼き上がりが待ち遠しいです」
祐兵はその様子を見て
静かに笑った。
「焦ると口を火傷するぞ」
「今日は気を付けます」
豊久は照れくさそうに頭を掻いた。
やがて料理番が皿を運んできた。
「お待たせいたしました」
焼きたてのヤマメは
皮がこんがりと色づき
湯気を立てている。
「では、いただきましょう」
二人は手を合わせた。
豊久は慎重に身をほぐし
一口いただく。
「……美味い!」
思わず顔がほころぶ。
「外は香ばしく、中はふっくらしております」
祐兵も静かに口へ運んだ。
「ああ」
穏やかに頷く。
「川魚ならではの上品な味だ」
豊久は夢中で箸を進める。
「自分で釣った魚は、なおさら美味しく感じますな」
「それだけ苦労して得た恵みだからだろう」
祐兵は笑みを浮かべた。
「自然に感謝しながらいただくことが大切だ」
「はい」
豊久は大きく頷いた。
その時。
「にゃあ」
小春が縁側へ姿を現した。
黒猫もゆっくりと歩いてくる。
「小春殿も香りにつられて来られましたな」
豊久が笑う。
料理番は二匹のために
焼かずに取り分けておいたヤマメを茹で
骨を丁寧に取り除いて小皿へ盛り付けた。
「さあ、どうぞ」
小春は嬉しそうに近づき
夢中になって食べ始める。
黒猫も落ち着いた様子で
ゆっくりと味わっていた。
「美味しそうに食べておりますな」
豊久が目を細める。
「ああ」
祐兵も優しく頷いた。
「皆で同じ恵みをいただけるのは、幸せなことだ」
食事を終える頃には
炭火の香りだけが静かに残っていた。
庭を吹き抜ける夏風が心地よい。
祐兵は湯飲みを手に取り
空を見上げる。
「今日も良い一日だった」
「ええ」
豊久も笑顔で答える。
「また釣りに参りましょう」
「ああ。秋になれば、また違った景色が待っているだろう」
二人は穏やかな笑顔を交わした。
夏の日差しの下
館には笑い声が響き
自然の恵みに感謝する
静かな昼下がりが流れていくのだった。




