第二百九十七話 夏の雉狩り
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
空には雲ひとつなく
夏の青空が広がっていた。
朝の涼しいうちに
伊東祐兵と島津豊久は
城下を離れ、野山へ足を運んでいた。
「今日は雉狩りですな」
豊久は弓を背負い
嬉しそうに辺りを見回す。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「山の様子を見ることもできる。実りの具合や獣道を知るのも大切だ」
草むらでは虫が鳴き
木々の間を爽やかな風が吹き抜ける。
二人は足音を忍ばせながら
ゆっくりと山道を進んだ。
「豊久殿」
祐兵が小声で呼ぶ。
「あの茂みを見よ」
豊久が視線を向けると
草の陰から一羽の雉が姿を現した。
鮮やかな羽が朝日に照らされ
ゆっくりと餌をついばんでいる。
「見事な雉ですな」
豊久は静かに弓を構えた。
深く息を吸い
ゆっくりと弦を引く。
祐兵は何も言わず
その様子を見守っていた。
放たれた矢は
風を切って真っすぐ飛ぶ。
ヒュッ。
見事に雉の近くへ届いたが
わずかに外れた。
雉は驚いて羽ばたき
大空へ飛び立っていく。
「惜しかった」
祐兵が穏やかに言う。
豊久は悔しそうに頭を掻いた。
「少し力みました」
「焦らずともよい」
祐兵は笑みを浮かべる。
「狩りは獲物を追うだけではない。山を知り、自らの心を知ることもまた修練だ」
豊久は静かに頷いた。
「はい、祐兵殿」
二人は再び歩き始める。
しばらくすると
今度は木の枝に一羽の雉が止まっていた。
「今度は私が」
祐兵が弓を手にする。
静かに狙いを定めたが
弦を引いたまま動きを止めた。
「どうされたのですか」
豊久が尋ねる。
「あの雉は雛を連れている」
よく見ると
草むらには小さな雛が数羽
親鳥の後を歩いていた。
祐兵はゆっくりと弓を下ろした。
「今は見送ろう」
豊久も雛たちを見つめ
優しく微笑んだ。
「命をつなぐ親子ですものな」
「ああ」
祐兵は頷く。
「必要以上の狩りはせぬ。自然への敬意も忘れてはならぬ」
二人は静かにその場を離れた。
帰り道。
山道には木漏れ日が差し込み
夏草が風に揺れている。
「今日は獲物はありませんでしたが、良い一日でした」
豊久が晴れやかな顔で言った。
「ああ」
祐兵も穏やかに笑う。
「狩りで得るものは、獲物だけではない」
「自然を知り、己を磨くことも大切なのですな」
「その通りだ」
二人は笑顔を交わしながら
飫肥の城下へと戻っていった。
青く澄んだ夏空の下
山には雉の澄んだ鳴き声が
いつまでも響いていた。




