第二百八十九話 夏風を駆ける
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
数日後。
夏空は高く澄み渡り
朝の城下町には爽やかな風が吹いていた。
腹の痛みもすっかり治まり
島津豊久は元気な表情を取り戻していた。
伊東祐兵は
館の門前で豊久を待っていた。
「顔色も良くなったな」
祐兵が穏やかに言う。
「おかげさまで、すっかり回復いたしました」
豊久は深く一礼した。
「それは何よりだ」
祐兵は微笑む。
「今日は無理をせず、軽く走って体を慣らそう」
「承知しました」
二人は城下町へ向かって走り始めた。
朝早い町は
店を開く支度をする商人たちで賑わい始めている。
「祐兵様、おはようございます」
通りの人々が笑顔で頭を下げる。
「おはようございます」
豊久も笑顔で応えた。
二人は人々の邪魔にならぬよう
一定の速さで走る。
「息は苦しくないか」
祐兵が尋ねる。
「はい」
豊久は軽やかに答える。
「これくらいなら、まだまだ走れます」
「調子が良さそうだな」
「腹もまったく痛みません」
豊久は力強く頷いた。
城下町を抜ける風が
汗ばんだ額を心地よく冷やしていく。
その時。
「にゃあ」
小春が路地から飛び出してきた。
黒猫も少し後ろから
静かな足取りで続いてくる。
「今日も来ましたな」
豊久が笑う。
小春は二人の前を元気よく駆け
時折振り返っては鳴き声を上げる。
黒猫は無理をせず
一定の歩調で後をついてきた。
「小春は走るのが好きなようだ」
祐兵が目を細める。
「黒猫は自分の速さを知っておりますな」
豊久も笑顔を浮かべた。
しばらく走ると
町外れの木陰へたどり着く。
「今日はここまでだ」
祐兵が足を止める。
「無理をせず終えることも鍛錬のうちだ」
「はい」
豊久は深く息を整えた。
「体が軽く感じます」
「それなら安心だ」
祐兵は頷く。
「焦らず積み重ねれば、以前よりも強い体になる」
「これからも精進いたします」
豊久は力強く答えた。
小春は木陰で気持ち良さそうに寝転び
黒猫もその隣へ静かに腰を下ろす。
木々を渡る夏風が
四人を優しく包み込む。
病を乗り越えた豊久は
新たな一歩を踏み出した喜びを胸に
祐兵とともに穏やかな朝の鍛錬を終えるのだった。




