第二百八十八話 庭の風
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
夏の日差しは柔らかく
館の庭には爽やかな風が吹いていた。
木々の葉が静かに揺れ
蝉の声が遠くから聞こえてくる。
腹痛もだいぶ治まり
島津豊久は薬師の言葉に従い
療養を兼ねて庭を散歩することになった。
縁側へ出ると
伊東祐兵が待っていた。
「歩けそうか」
祐兵が穏やかに尋ねる。
「はい」
豊久は微笑んで頷く。
「まだ少し力は入りませんが、歩くくらいなら大丈夫です」
「無理はするな」
「承知しました」
二人はゆっくりと庭へ降りた。
砂利道を踏みしめながら
ゆっくりと歩みを進める。
色鮮やかな百日紅が咲き
池には睡蓮の花が静かに浮かんでいた。
「館の庭も、夏の装いですな」
豊久が足を止める。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「季節は静かに移ろい、庭もその姿を変えていく」
池の水面を風が渡り
小さな波紋が広がる。
その時。
「にゃあ」
小春が駆け寄ってきた。
嬉しそうに豊久の足元を歩き回る。
黒猫も少し遅れて現れ
静かに二人の後をついてきた。
「心配を掛けましたな」
豊久が小春を撫でる。
小春は喉を鳴らし
満足そうに目を細めた。
黒猫も豊久の足元へ座り
静かに尾を揺らす。
「二匹とも、豊久殿が元気になって安心したようだ」
祐兵が微笑む。
「私も、このように歩けるようになり安心しました」
豊久はゆっくりと深呼吸した。
夏草の香りが風に乗って運ばれてくる。
「焦らず養生することだ」
祐兵が言う。
「体が資本だからな」
「はい」
豊久は力強く頷いた。
「早く元気になり、また祐兵殿と稽古や見回りへ参りたいです」
「その日も近いだろう」
祐兵は穏やかな笑みを浮かべた。
庭を一周すると
豊久は少し汗を拭った。
「今日はこれくらいにしておこう」
祐兵が縁側を指差す。
「欲張らぬことも療養のうちだ」
「承知しました」
二人は縁側へ腰を下ろした。
涼しい風が頬を撫で
風鈴が澄んだ音色を響かせる。
小春は豊久の隣で丸くなり
黒猫も縁側の端へ静かに伏せた。
穏やかな夏の庭には
ゆっくりとした時間が流れている。
療養中の散歩は
豊久の体だけでなく
心にも優しい力を与えてくれたのだった。




