第二百八十四話 暁の稽古
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
早朝。
東の空が白み始める頃。
館の庭には朝露が残り
涼やかな風が静かに吹き抜けていた。
木々の葉を揺らす風の音だけが響き
蝉もまだ鳴き始めてはいない。
伊東祐兵と島津豊久は
稽古場へ足を運んだ。
二人の手には
木刀が握られている。
「今日は基本へ立ち返ろう」
祐兵が静かに言う。
「承知しました」
豊久は一礼し
木刀を構えた。
まずは素振りから始まる。
一振り。
また一振り。
木刀が風を切る音だけが
朝の静寂へ響いた。
「腕だけで振ってはならぬ」
祐兵が声を掛ける。
「腰と足を使い、全身で振るのだ」
「はい」
豊久は姿勢を整え
もう一度木刀を振る。
先ほどよりも
動きは滑らかだった。
「その調子だ」
祐兵は満足そうに頷く。
続いて
二人は向かい合った。
木刀を正眼に構え
静かに間合いを測る。
「参ります」
豊久が一歩踏み込む。
鋭い打ち込み。
祐兵は無駄のない動きで受け流した。
「良い踏み込みだ」
「ありがとうございます」
再び木刀が交わる。
乾いた音が
庭へ小気味よく響いた。
何度打ち合っても
二人の呼吸は乱れない。
互いを信じ
互いを高め合う稽古だった。
その時。
「にゃあ」
小春が
稽古場へやって来た。
黒猫も静かな足取りで後を歩く。
二匹は木陰へ座り
じっと二人を見つめていた。
「今日も見学ですな」
豊久が笑う。
「ああ」
祐兵も微笑む。
「毎朝欠かさず来てくれる」
しばらくして
朝日が山の端から顔を出した。
黄金色の光が
稽古場を明るく照らす。
「今日はここまでにしよう」
祐兵が木刀を納める。
「良い汗を流しました」
豊久は額の汗を拭った。
「鍛錬は一日にして成らず」
祐兵は静かに言う。
「積み重ねこそが、己を強くする」
「私も、日々精進いたします」
豊久は深く頭を下げた。
朝風が二人の汗を優しく冷ます。
小春は気持ち良さそうに伸びをし
黒猫も静かに立ち上がった。
新しい一日の始まりとともに
二人と二匹は清々しい気持ちで館へ戻るのだった。




