第二百八十三話 燻香の湯漬け
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
翌朝。
夏の日差しが
館の庭を優しく照らしていた。
朝露をまとった草葉が輝き
涼やかな風が吹き抜ける。
朝の務めを終えた
伊東祐兵と島津豊久は
囲炉裏のある板の間へ集まっていた。
囲炉裏の傍らには
昨夜のうちに燻しておいたヤマメの皮が吊るされている。
香ばしい燻煙の香りが
部屋の中へほんのりと漂っていた。
「良い具合に燻せましたな」
豊久が嬉しそうに眺める。
「ああ」
祐兵は頷いた。
「皮まで無駄にせずいただくのも、山の恵みへの礼だ」
祐兵は燻した皮を細く刻み
炊きたての飯へ載せる。
熱々の湯を静かに注ぐと
燻香がふわりと立ち上った。
「見ているだけで腹が減りますな」
豊久が笑う。
「まずは香りを楽しむのだ」
祐兵も微笑んだ。
二人は手を合わせる。
「いただきます」
豊久は湯漬けを口へ運ぶ。
「これは美味しい」
目を丸くしながら言う。
「燻した香りが湯へ溶け込み、飯によく合います」
「ああ」
祐兵も一口味わう。
「質素ではあるが、こうした朝餉は飽きが来ない」
その時。
「にゃあ」
小春が
囲炉裏の近くまで歩いてきた。
黒猫も静かに後をついてくる。
二匹は香りへ鼻を近づけると
興味深そうに湯気を見つめた。
「良い香りが分かるようだ」
祐兵が笑う。
「朝から食欲旺盛ですな」
豊久も目を細めた。
囲炉裏では
薪が小さく音を立てて燃えている。
窓の外からは
蝉の声が聞こえ始めた。
「山でいただいたヤマメが、こうして朝餉にもなる」
祐兵が静かに言う。
「一尾たりとも粗末にしない」
豊久は深く頷いた。
「自然の恵みへ感謝する心を、これからも忘れません」
食べ終えた二人は
温かい茶を口に含み
ゆっくりと息をついた。
夏の朝は
まだ始まったばかり。
穏やかな館には
笑顔と静かな時間が流れていた。
二人と二匹は
山の恵みへ感謝しながら
新しい一日を清々しい気持ちで迎えるのだった。




